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Cursor Girl(2)

前回

https://note.com/nikyu_nikyu_/n/n4877b6f23293

「なんでこんなに多くの郷田がいるんだよ」
というのが、添付範囲を誤ったことで町内全域に大量に複製された郷田を見て統男が発した言葉だ。
彼が組織した調査団体によれば、複製された郷田の数はざっと見積もって千人ほどらしい。今、千「人」といったが、この単位を今の郷田に適用するのが正しいのかどうか分からない。
「文字化け」が原因だと詩洲香ちゃんはいう。郷田だったデータが規格の違う空間に入力されてしまったのだと。詩洲香ちゃんは指に宿る力をワードプロセッサにまつわる語彙で表現するのだが、これが事態を正確に表現する力を持ち得ているかといわれれば、素直には頷き難い。
詩洲香ちゃんが神様に力をもらったせいで、彼女に関わる何もかもがこう神々しくなって(これは恋人を持ったことで日常が変わったということを表現する紋切りという意味ももちろんあるのだが、今の場合はまた別の意味も持ってくる)それを言語化しようとするとしょっちゅう超越論的なブレーキがかかってしまう。なんなら、詩洲香ちゃんの言動を描写する際はその全てを括弧に括ってしまいたい欲望に駆られるのだが、テクストとか現実というものの性質上、括弧付きに隣接する言葉にも括弧が侵食の手を伸ばしていって際限なく増殖していきそうな気がするので、そこは我慢だ。
ええと。
郷田に何が起こったか。事態を引き起こす張本人である詩洲香ちゃんも含めて、僕たちは引き起こされた事態の前に立ち尽くす他なく、今から郷田に何が起こったかを描写しても詩洲香ちゃんの比喩と同程度の解像度でしか語れないことを承知の上で話すことにしよう。
町のあちこちから上がる黒煙、所々で倒壊した家屋、それらを背景に地上に転がっている人間、岩石、鯨、土竜、人工衛星、公理、フランス革命、線虫、超高層ビル、モザイク、エトセトラ、エトセトラ、エトセトラ。
そして、その全てが郷田に見える。いや、郷田「である」。
郷田はその性格の狭量さに比べ、「郷田である」ということにかけては、並々ならぬポテンシャルを持っていたようだ。諸説あるが、人名というのは不思議な力を持っているようで、例えば、「アリストテレスはアレキサンダー大王を教えなかった」という文があったとして、これが本当かどうかはともかく意味が通る文として成り立ってしまう。この事態は、「アリストテレス=アレキサンダーを教えた男」という人名の捉え方からは出てこない。なぜここまで多くのものが郷田であるのかは、上に見たような、「郷田」という名前に宿る別の言葉に置き換えられない「それそのもの感」によるものと思われる。
調査団体は当初、郷田のスケールの下限は行っても鼠程度と鷹を括っていたが、ウィルスとして郷田が発見された時から雲行きが怪しくなり始め、素粒子として郷田を発見しようとしている連中は、今では組織全体の数パーセントに過ぎない。この動きは反対の方向にもいえて、郷田のサイズの上限がこのまま更新されていけば、全ての存在者は一なる郷田の属性に過ぎないという限りなく神学に近い結論が出てくるやもしれず、そんなことは願い下げだとチームの大半は解散してしまっている。
ふと、僕たちが前にしている郷田の中の一人が呟く。嫌な予感がする。
「本物は俺だ!」
そう郷田は叫んだ。

続く

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