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沈む

ぐっ。
カッ。
ぐっ。
カッ。
ぐっ。
カッ。
飲み下す音とグラスが面にぶつかる音。
決まったペースで。
相手もそれに合わせてグラスを仰ぐ。
脇についた店員は干されたそばからグラスを満たしていく。カウンターの幅一杯に列をなす琥珀色。音響のせいか自分の目がおかしいのか、うるうると揺れ、照明を反射している。
一番壁際に置かれたグラスを飲み干し、折り返す。
ぐっ。
カッ。
ぐっ。
カッ。
相手はまだ平然としている。
清潔な顔つき。
好みのタイプ。でも乙美ほどじゃない。

乙美は分かりやすい。

──酔ってるでしょ。
──酔ってないって。
いつのことだったかは忘れた。多分乙美の家。
耳を真っ赤に染め、一語一語を途切れさせながらそう言うものだから、全然説得力がない。言葉で自分を鎧うことのできない、正直な性格。
私はそこが好き。

ぐっ。カッ。ぐっ。カッ。ぐっ。カッ。
普通の店ではないけれど、この界隈の中では安全な方。勝負に勝ってもらえる金も本場に比べたら微々たるもの。
最後まで立っていられたらその金で旅行に行こうか。
寒い土地がいい。記憶も何もかも飛ばしてくれる風の吹く海辺とか。
ぐっ。
カッ。
グラスの取り方が雑になってきている。取る、というよりは殴りつけるような勢いでカウンターからむしり、割れる一歩手前の勢いで干されたそれを振り下ろす。
相手はにやにやと笑う。私も笑う。

乙美は分かりやすい。

──違う違う違うよ。
大袈裟なジェスチャーと泳いだ目。
男と映っている写真を突き付けられた時に見せた。
もう少し騙しておいてくれればよかった。もう少し狡賢くあってほしかった。

ぐっ。カッ。ぐっ。カッ。ぐっ。カッ。ぐっ。カッ。ぐっ。カッ。ぐっ。カッ。ぐっ。カッ。
本当の意味で倒れてしまった者がどう扱われるのかは知らない。面倒が起こるといけないから、眠っている間に全て終わらせてくれると思うのは都合がいいだろうか。
泥のように眠りながら都市の底に沈む。
ぐっ。カッ。
もう随分長い間折り返していない。



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