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悔恨

苦しい時、耐える時、人は思いも寄らぬ力を発揮する。

自分でも、何処に隠し持っていたのかと思うほどの。

26歳の夏、先輩の思いつきでフルマラソンに出る事となった。

運動は出来ないわけではないが、マラソンなど未知の世界。
しかも目指すは12月半ばのホノルルマラソン
勤め先のある北新地はここぞとばかりの書き入れ時だ。

主に“売上げ”要員の私にとって、ママに休みを申し出るのには些か勇気が要った。

一瞬凍り付いたような表情を見せたが『うちのお店らしい話題が増えるわね』
そう言って3人の渡航を承諾してくれた。

ママの粋さに感謝をしているうちに『完走だけでは…』と思うようになった。
“5時間以内”そう公言した私に、お客様方は口々に言う。
「素人には無理だ」
そしてある人はこう笑った
「お前なんかに」と。
“お 前 な ん か に”
後にこの言葉が私に味方することとなる。

人間とは不思議なもので、窮地に追い込まれると思考がとてもシンプルになる。
『足!前に!出て!』
幸か不幸か時計を忘れていた。
タイムがわからず、リミットもわからない
束の間であっても休息など取れなかった。

それが祟ってか30kmを過ぎた辺りから全身の痛みに加え、女子特有の腹痛がピークを迎えた。
:
…足を止めたら終わる。
:
そんな中で私の体を押したのは何か。

恋人の励ます言葉か
母親の心配げな顔か
胸を張った己の姿か
殿方からのご褒美か

否、違う。頭の中に渦巻くのは
『お前なんかに』あの言葉だけ。

足がもげても、アイツにだけは負けるわけにはいかない。
:
『4時間50分』
:
目標達成の嬉しさよりも
“誰にも文句は言わせない”
そんな気持ちでホテルへ帰ったのを覚えている。

困った人に差し伸べられる救いの手は様々だ。

偶像や信仰心、お金や物品
愛や想い、助言や思い出…

私の場合は彼の
いや自分の中の“怒り”や“憎しみ”に助けられたのだ。
きっと私の中では、愛よりも強い感情なのだろう。

ホテルに戻り靴下を脱ぐと何かが転げ落ちた。
どうやら悪魔はその代償に、足親指の爪を2枚も奪ったらしい。

ホテルでシャワーを浴びながらウェアを洗ったが、何度濯いでも水が真っ赤に染まる。
…ブラックを選んどいて正解だったと、やっと笑えた。

数ヶ月後、風の噂で彼が子会社に移ったと聞いた。

どうやら、風を切って歩いていたつもりが、歯もたたぬ向かい風だったらしい。

見事に出世街道からのコースアウト。

因果応報…
その後の彼は底力を発揮しただろうか。
何かに背中を押され、救われたのだろうか。


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