【私小説】秋の楽しみ(後編)─秋の休日と紅葉と夕焼け─
日曜日、私は自転車を漕いで少し遠くの町まで自転車を漕いだ。
冷たいけれど爽やかな秋風が気持ちいい。
「秋だねぇ」
日本の秋を感じる。ついこの前まで少し蒸し暑かったかと思えないほどに涼しい。
「動きやすいから、どんどん飛ばしていこう」
自転車を漕ぐスピードを上げ、私は走った。
稲がなくなって土色になった田んぼと薄い水色の空の間を赤とんぼは飛び回る。
途中にあったスーパーで昼食とおやつを買ったり、コンビニでトイレを借りたりしながら、紅葉の美しい山を目指す。
隣町にあった山に着いた。山といっても、ほんの小高い丘ぐらいの高さなのだけど。
(そろそろお昼にしようかな……)
山の麓にある公園の駐輪場に自転車を停めたあと、お昼を食べるためにベンチを探した。古びたベンチを見つけたのでそこに腰掛けた。背中に背負ったリュックから、行く途中に寄ったスーパーで買った菓子パンとお茶を取り出し、膝の上に置いた。
どこかへ行ったときの私のお昼は、大体こんな感じだ。
贅沢を言えば、おにぎりとかサンドイッチを食べたい。今日みたいな爽やかな秋晴れの日は特に。
でも、いざ買うとなると少し高くて買おうか迷ってしまう。
(まあ文句言ったところで1億円が降って来るわけじゃないから、お昼食べようかな)
おにぎりとサンドウィッチを諦めた私は、先ほど買ってきた菓子パンの封を切って食べた。
山の中は、真っ赤に色づいた紅葉がトンネルを作っていた。その隙間からは秋の穏やかな陽射しが差し込み、それが紅葉の持っている唐紅をより引き立たせている。
(きれいだな)
ウエストポーチからデジカメを取り出した私は、写真を撮った。最初は全体像がわかるものを、2回目は紅葉の真っ赤な葉っぱだけを切り取ったものを。
「いいねぇ」
良さげな角度を見つけては、私はカメラのシャッターを切った。
小山の頂上へ登ると、小さな広場があった。木々の狭間からは、小さくなった街の風景が見える。
(きれいだな……)
山の上から見える景色を、私は一人眺めていた。
普段暮らしていると自分の住んでいる町は広いように見える。けれども、こうして見てみると、案外狭いところなんだなと思ってしまう。
「世界は広くて狭い」
よくこんな感じで言われているけど、この町の遠景を見ていると、世界の広さ狭さを感じてしまう。広い世界の中の数多ある国の一つ、日本の狭い町の中で、数多の人間ドラマが繰り広げられているのだから。
(景色に見とれてないで座れそうなとこ探さないと)
はっ、と我にかえった私は、読書をするために座れそうな場所を探した。
近くに切り株を模した小さな腰かけ台があった。腰かけ台は一定の感覚でいくつか並んでいて、
「よし、ここで本を読もう」
隣の腰かけ台にリュックを置いた私は、持ってきた本を取り出して隣の席に座った。そして本を読んだ。
休むときは、飲み残したお茶とスーパーで昼食と一緒に買ってきたみたらし団子を食べながら、秋晴れの昼下がりを楽しんだ。
気づいたら、西の空が茜色に染まる時間帯になっていた。昼下がりまでのちょうどいい暖かさは、少し冷たい晩秋のそれへと変わっていた。
(いい時間帯だし、帰ろうかな)
そう思った私は、薄暗い山を降りて、麓の駐輪場に停めていた自転車を出した。
町にある坂道を下るときに巻き起こる風が、冷たく感じた。もう秋も終わり始めている。
「ちょっとペース上げていこう」
自転車を漕ぐスピードを上げるべく、私は早めに自転車のペダルを漕いだ。
体が暖まる、鼓動が早くなる。
気がつけば秋の終わりの夕暮れの冷たさも、どうってことなくなる。
麓にある町を抜け、農道へと出た。
先ほどまで明るかった東の空は、赤みがかった空から、藍色の空へと変わっている。夜が来ようとしている。
「楽しかったな」
楽しかった。
客観的に見ればつまらない。けれど、いつも怒られてばかりで、気を遣ってばかりの日常を忘れられたので、とても有意義なものだった。
(ああ、明日は学校か……)
嫌になってくる。また、怒られてばかりの日常が始まるのが。
ため息を一つついた私は、西の空を見た。
西の空は真っ赤に染まっていて、林立する黒いビルはその逆光で影のように黒く染まっている。その向こう側へ、夕日は沈んでゆく。
(きれいだな……)
そう思った私は、途中にあった砂利道に自転車を停め、沈みゆく夕日と夕闇に染まりゆく街の写真を撮った。
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