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帰国子女が不登校になって学んだこと

私は中1の冬くらいから最後まで不登校だった。でもまったく学校に行ってなかったかといえばそうではなくて途中戻ったり違う学校に行ったりもした。この経験から学んだことを文章にしてみようと思う。

私は小3から小6までの間海外(英語圏)の現地校に行っていた。そこにはたくさんの人に出会ったしたくさんいろんなものをみたり体験した。

中学には帰国子女入試で入学した。これが全ての始まりだったかもしれない。入試は国語、算数、作文、面接だった。海外にいた時も土曜日は、日本人学校で1週間分を1日でやっていたし、塾にも行っていたから特に苦労したわけではない。ちなみに一般入試は全教科ある本当に全教科。

入学式の日、参列していた先輩たちが立ち上がるとき、座るときまさに軍隊のように綺麗で入る学校間違えたと思ったのは今でも覚えている。

入学して吹奏楽部に入ったり、帰国子女の友達ができたり塾に行ったりどんどんコミュニティが出来ていって休日に遊びに行ったり楽しい日々を過ごしていた。

でもどこかでずっと抱えていた劣等感があった。何よりきつかったのは私が行っていた学校はみんなすべての能力が高かったことだと思う。勉強はできて当然だし、その上書道、音楽、美術、スポーツとかもできる。私は小学生の時副教科を一切やっていなくて着いていけなかった。体育は海外でもあったけどゆるゆるだったし厳しい学校だったからレベルが違った。勉強だって最初の方は英語ができたから別に気にしていなかったんだけど仲良くなる人がたまたま学力が高い人が多くて自分だけができないと勘違いしてしまった。夏ぐらいからめちゃくちゃ忙しい吹奏楽部に所属しながら週4で塾に行って宿題に追われながらその上に受験生ぐらい勉強していた。あるときから睡眠時間まで削って勉強するようになっていたし、期末テストには3日徹夜していったこともある。

そんなことをしていたら身体も心も壊れるのは当たり前であるときから鬱病みたいになって学校に行くどころか人間としての何かを失ってしまったみたいになった。ちょっと休めば回復すると思ってたのに身体が恐怖を覚えてしまって学校に戻れなくなっていた。毎日明日の時間割を準備していたし明日こそは行こって毎日思っていたけど朝になると起きれなくて今思うと起立性調節障害とか適応障害みたいな感じだったと思う。

家に引きこもるようになって毎日のようにYouTubeとかテレビを観続ける日々を過ごしたり、インターナショナルスクールに行ってみたり、学校に戻ったときもあった、でも戻っても3ヶ月ぐらいが限界だったかな。1ヶ月ぐらい戻っても引きこもるのを割と繰り返してた気がする。家に引きこもってたときはとにかく暇だったから1000ピースの極小ジグソーパズルとか、ピアノも弾きまくったし、カラオケにも通ってた。勉強は塾に週一で数学だけ行ってた気がする。それ以外は何もしてなかった。

どんなに頑張れない日々が続いても人生とは不思議なもので時間が流れると頑張らなきゃって時が必ずきて私の場合は高校受験だった。中学受験はしたけど高校はなかったから普通に高校受験しなきゃいけなくてきっかけは覚えてないけど目標が決まって突然頑張れるようになった。

高校にも合格して高校に入学してからすべてがうまく行ったわけじゃないけど今3年生まで進級できているし一度失敗したからってあとで振り返ってみると大したことないように感じる。


私は不登校になったことを後悔してないしむしろ自分がキャパオーバーになることを若いうちに学べてよかったと思ってる。頑張れない辛さを長い間感じてたから頑張れてない人の辛さが理解できる人に少しは近づいたと思っているし、何よりできない自分を受け入れて今なにが自分にできるベストか考えることができるようになったと思う。できない自分を受け入れるって簡単なようで多くのひとができていないと思う。私もまだ発展途上だけど。これからもたくさんの失敗を繰り返すだろうしたくさん涙も流すだろうけど自分なりに生きていきたい。

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