手放すと爆上がりの法則、アゲイン。そして一緒に人類にモテませんかのお誘い。
タイトルがすでにカオス。
まあ良いでしょう◎ 気にせずいきます。
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昨日も書いたけど、最近どーんと落ちるような体験があって、
「わたしは試されているのか???」
「試されているのだとしたら、わたしはそこから何を掴めばいいのだ???」
って考えてたんですけど。
そこでぱーん!と出てきた答えのひとつが、
「人類に愛されることをそろそろ自分に許したらいいんじゃないか」
ということでした。
ちなみにタイトルの『手放すと爆上がりの法則』の元記事はこちらです。
SNSで発信を始めたとき、「全人類に嫌われてもいいから、本当の自分のことを表現したい」って思いました。
こう言ったら大げさなんだけど、「表現か死か」っていうくらい、その時のわたしには後がなくて。
そんな自分が、今度はその決死の覚悟を手放してもいいかなって思っている。
やっぱり自分は人が好きで、今は人との関わりに飛び込んでみたいって思ってる。
過去に「人に好かれようとするのを手放すこと」で生きる力が爆上がりしたわたしが、
今度は「人に好かることを手放した自分を手放すこと」で、心の進化にブーストをかける。
正反対だけど、このどちらともが、その時々の自分にとっての正解なわけで。
だからなんていうか、一人の人間のなかでも、その人にとっての正解って常に変わり続けてるんだよね。
一人一人正解が違う上に、今自分がどんな局面を迎えているのかってことによっても最適解って変わってくる。
だからいつだって自分を見続けることをやめちゃいけない。
改めてそう思いました。
わたしは人に好かれたい、愛されたい、老若男女問わず、
もう一度、
人類にモテたい🕊
そう思うことを、自分に許そうって思いました。
そしたらなんか、心の奥で固くなっていたものが流れ出したような感じがして、涙がでた。
過去の記憶を辿ると、我ながら、色んな方向からモテていた人生だったなと思います。(当社比)
それによる自分への影響ってかならずしもポジティブなものだけではなくて、
人と関わるということは、それだけ自分の心の容量が持っていかれるということでもあるわけで。
それってハイリーセンシティブ民の自分にとっては、しばらく立ち上がることも出来なくなるほどにとてつもなくダメージが大きい。
だからすごく疲れちゃった。
そしてなにより、楽しいことも多い反面、本当に深く関わった人のことは幸せにできないというコンプレックスというかセルフイメージにも悩まされた。
だから自分は、人に愛されることには向いてないんじゃないかって、思っちゃったんだよね。
そうやって人との関わりに心底疲れてしまって、無意識のうちに自分を閉ざしちゃってた。
でも、時間の経過とともに、もう一度人類に愛されてもいいんじゃないかって思えるようになった。
今度は、よく見せるための嘘をつかないこのままのわたしで。
「こんなわたしなんだけどさ、好きになってもらえたら嬉しいんだ」って、無邪気に表現してもいいんじゃないかなって思えてきた。
こんなこと考えてたら、落ち込んでる場合じゃなくなった。
いや落ち込むときは積極的に落ち込んでいいんだけど、なんか楽しくなってきちゃって。
でも、ひとりで楽しくなってもしかたないよなあって。
ひとりでモテても別になーんにもおもしろくないし。
だから、、
色んな事情で「こんな自分で愛されていいのかわからない」って受け取り拒否になっているわたしみたいな人や、「こんな年齢じゃもう遅いよ」って思ってるわたしみたいな人、「モテるってナニソレおいしいの?」って人も、
今から一緒にモテませんか?
現状自分の周りに自分を好きになってくれる人なんかいないって思っていたとしても全然大丈夫。
縁とは自分自身が生みだすものだから。なんの心配もいりません。
わたしが言うモテるっていうのは「多くの人、スゴい人に選ばれて優越感に浸る」ということではなくて、
「人類に対して、自分を開く」という意味です。
人と比べて自分がどれだけ愛されてるのかとか、見せびらかしたり優越感に浸るためのモテなんてなんの価値もないよ。
そんなのって、モテじゃなくてただの汚れだよね。
わたしが表現したい「モテる」というのは、自分から愛を向けるということ。
自分から、自分自身を世界に開いていくということ。弱さもずるさも、隠さずに。
愛し愛される対象は人類なので必ずしも恋愛的なものを意味するわけではないですし、性別や年齢の垣根もありません。
(だから既婚者のかたも一緒にモテちゃっていいんじゃないかな)
ああ、人類モテって最高のグラウンディングじゃん。
全人類愛せたらいいのにな。
モテるって、愛されるって、
汚いことでもないし、誰かから何かを奪うことでもない。
モテる人って「自分から何もしなくても、そこにいるだけで愛されちゃう人」ってどこかズルいイメージがあるかもしれないんだけど、
実際はすごい勢いで愛を放っている人だったりする。
その実態を見てみると、人に愛されているようで、その人自身が全力で世界を人を愛してるだけだったりする。
そりゃあそんな人に愛が集まらないわけがないよね。
わたしもいじけてないで、自分に制限をかけないで、愛し愛されたいって素直に表現していきたいって思いました。
恐れからの「愛されたい」じゃなくて、欠乏感からの「愛されたい」じゃなくて、
ただこのままのわたしで、また人間の人たちとあたたかい愛の渡し合いをしていきたい。
全身で全力で、目の前に広がる世界やそこにいる人たちに恋をして、疲れたらまた休んで、わたしは生涯可愛い人であり続けたい。
世界に恋をし続けた可愛い人として、わたしはこの人生を終えたいんだ。
おしまいぃ。
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心が春の色を求めてる♡
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