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ドライビング・ユア・ガールフレンド・ホーム

 僕は今日も車に彼女を乗せていた。彼女は僕の友人が付き合っている女性だけど、僕という人間を深く知る友人は僕と彼女の関係を疑う事なく、今日も「今日もアイツを頼むよ」と苦笑めいた笑みを浮かべて玄関で僕らを送り出していた。

「今日もいつもと同じルートでいい?」と僕は彼女に聞いた。彼女はいつものように興味のなさそうに「いいわ」と答えるだけだった。

 こんな調子で僕と彼女のドライブは始まる。あまりにも味気なくて退屈なだけのドライブが。

 初めに言っておくけど最初に書いたとおり彼女とのドライブは恋人である友人の了解済みだ。そして重ねて言うが僕と彼女の間には何もない。僕はただいつも彼女の言うがままに車を運ぶだけだ。

 そんなわけでいつものドライブが始まった。映画を観て、バーに行って、時たまクラブに寄る。そしてその度に聞かされるのが、彼女の友人に対する悪口だ。

 彼女は僕の前で恋人である友人のことを悪し様に罵る。彼の体格や性格やその他口に耐えないことをひたすら罵った。僕はそんな彼女に決して意見なんか述べない。じゃあ別れればとか、話し合えばとか、おせっかいなことは絶対に言わない。ただ真面目さを装って相槌を打つ。

 そんなふうに彼女に付き合って彼女の気がおさまったらドライブはそこで終了だ。あとは後部座席の扉を開けて彼女を家まで送るだけだ。

 今日もそんな風にドライブは進行するのだと思っていた。僕はいつものように彼女の際限のない友人への悪口を聞いてやるつもりだった。だけど今日の彼女は違った。車が首都高速に入った瞬間彼女は友人ではなくて僕に突っかかってきたのだ。

「ねえ、あなたいつまでこんなバカなことやってるの?いい加減おかしいと思わないの?友達の彼女の運転手なんてさ」

「たしかにおかしいよ。でも嫌なわけじゃないんだからいいだろ?」

「いいだろって、あなた本気でそんな事言ってるの?私はいつまてもこんな事に付き合ってあなたになんの得があるかって聞いてんのよ」

「得なんて別にないさ。今日はどうしたんだよ。急にそんな事言いだしてさ。さぁ、いつもみたいにどこに行きたいか言えよ。付き合うからさ」

 僕は出来るだけいつものように彼女に接した。そうすれば彼女はいつものように友人の悪口を言ってうさを晴らしてくれるだろうと思ったのだ。だが彼女は再び僕に絡んできた。

「あなたのその言い草が気に入らないのよ!いつもいかにも気の良い人って感じでさ。アンタなんなの?なんでアイツに呼ばれたらいつもホイホイ来るわけ?」

「今日の君は機嫌が悪いようだからドライブはやめにしないか?」

 このままではドライブどころではないと思った。だから僕は彼女に向かってキツイ感じでこう言った。そうすれば彼女は少しは反省しておとなしくなるんじゃないかと思ったのだ。

「ゴメンね。ちょっと怒らせちゃったみたいね」

 僕の予想した通り、彼女は謝ってきた。僕は彼女もさすがに今の発言はマズいと思ったのだろうと考えていたのだと思っていた。だけど彼女は続けて僕にこう言ってきたのだ。

「ねぇ、もうアイツの事諦めたら?いくらあなたがアイツの事好きだろうが、アイツはノンケでしかも私がいるのよ。大体あなたはアイツの何を知ってるの?こう言うとあなたはアイツとはお前なんかよりずっと長い付き合いだとか言うんでしょうね。だけどあなたはあの現実のデブのアイツにいつまでも親友だった頃のアイツを重ねているのだけなのよ。あなたの大好きだったアイツはもういないのよ。今のアイツは自分の妻をひたすら避けて友人という名の使いっ走りに妻の気晴らしをさせているクズなのよ。あなたと私ががいなくなった後何してるかわかったもんじゃない。あなたはアイツに利用されているだけなのよ。アイツあなたなんか友人とも何度も思っちゃいない。自分に纏わりついてる犬としか思っちゃいない。あなたの愛情なんてアイツはちり紙程度にしか思っちゃいないのよ。あなたも自分でそれがわかっているでしょ?あなたと私は似ているのよ。二人ともアイツに決定的に愛されていないんだから!」

 僕はここで急ブレーキをかけた。彼女は後部座席でもんどり打った後目を剥いて僕を見た。

「家に着きましたよ。ミセス」

 僕は友人の家の前の道路に車を止めた。彼女は僕を見て何も言わず家へと急ぐ。その彼女に向かって僕は礼儀正しくお辞儀をする。

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