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純文学を救え!

 某純文学雑誌編集部に一人の青年が訪ねてきた。書き上げた小説の原稿の持ち込みである。純文学の世界では彼のように直接編集部に原稿を持ち込むものはまだまだ多い。彼らはそうやってなんとかして自らの作品を載せてもらおうと作品を書き上げるたびに編集部に通っていた。さて、編集者は今その青年の前で彼が持ち込んだ原稿をペラペラめくっているのだが、編集者はどうやらその原稿がお気に召したらしい。彼は長年編集者として原稿を読み続けているからわざわざ全部読まなくてもチラリと読めば小説の出来は判断できる。彼は原稿を見て今回持ち込んできた原稿が前に持ち込んできたものより遥かにレベルアップしている事に驚いた。これはひょっとしたらA賞レベル。載せたら必ず話題になりもしかしたら受賞まで行くかもしれないと確信した。

「よく頑張ったじゃないか。君の今までの作品とは雲泥の差だよ。やっとまともなものを書いたな。とりあえず来月号に載せる事を検討するから原稿預からせてもらえないか。じっくり読みたいんだ」

 青年はやっと文芸誌デビューできると喜んで思わず編集者の手を握った。編集者は青年の喜びぶりに引いたが拒絶するわけにはいかないのでイヤイヤ握手に応じた。

 さて、青年から原稿を預かった編集者は早速他の編集者たちに来月号に青年の小説を載せてもらえないだろうかと相談した。しかし他の編集者の反応は冷たかった。

「お前がこの小説をA賞レベルの傑作だと言ってるのはわかるし、書き物だけを読めばたしかに受賞に値する作品だと思うよ。だけど残念ながら今の純文学は作品だけ良ければいいって時代じゃないんだ。小説なんてあらゆる方法論が出尽くされ、今どきの新人がジョイスやヌーヴォ・ロマンの真似やったって失笑されるだけだ。かといって昔のロレンスとか村上龍みたいなスキャンダル狙いの小説だって同じように失笑されるだけだろう。このなんでも手軽にアクセスできる世界においては小説の描写なんてたかが知れている。いくら小説が想像力に訴えるものだろうが、想像力なんかいらずに楽しめるものが溢れているこの世界においては小説なんて優先度が低くなるだろう。下品な例えだが、ポルノ小説とAVがおんなじ値段で売られていたらみんな絶対にAVの方を買うじゃないか。人間の想像力なんてたかが知れているんだ。いくら想像力を駆使して描写を重ねても現物出されたら何も言えなくなってしまうのが人間なんだ。そんな世界で純粋に作品として純文学を読んでいる人間ってどれだけいるんだ。お前、人が今純文学をどんな理由で読んでいるかわかるか?」

 編集者はこの純文学を知り尽くした先輩編集者が何を言いたいかなんとなくわかった。

「ふっ、察しがいいなお前は。なんも言わなくてもその顔見ればわかるぜ。だけどこういう事ははっきりと言っておかないとな。今純文学の小説なんて誰も読んじゃいないんだよ。みんな作家自身のルックス目当てで本買ってるんだ。その証拠に本のカバーには必ず作家のナルシスティックな写真載ってるじゃないか。テレビなんかを見ればもっとハッキリわかるだろ?A賞作家のタレントがどれだけいるか。誰かがこんなこと言ってたよ。N賞は作品を売り、A賞は作家を売るってさ。さっきこいつが(と言って先輩編集者は原稿用紙を差しながら言った)お前と話しているのを見たけどあれじゃ全然ダメだと思ったね。あの男はこの作品に顔負けしてるんだよ。お前想像してみろよ。女の子がたまたまこの小説読んでさ、作家の顔想像するだろ?ちょっと鬱気味のイケメンなのかな?って具合にさ。だけどその作家があんな田吾作顔だって知ったら女の子は絶対に失望するだろ?ドストエフスキーだって言ってるじゃないか。苦悩するにはそれなりの顔が必要だって。みんな田吾作顔のやつに苦悩なんて書いてもらいたくないんだよ。苦悩するなら芥川龍之介や太宰治みたいなイケメンであってもらいたいんだよ。というわけで俺はこの小説を載せるのは反対だ。もっとまともな顔してたら俺もこの小説を載せてやりたいんだけど。というか積極的にA賞取れるようにプッシュしてやりたいんだけど……」

「先輩!ちょっと待って下さい!俺アイツを説得しますから!あんなに頑張ってきたアイツの努力を無駄にはさせませんよ!俺アイツに何がなんでもA賞を取らせてやりますよ!」

 こう言うと編集者は立ち上がり先輩への挨拶もそこそこに編集部から飛び出した。

 その翌日である。編集者は先ほどから電話で呼び出した青年に向かって整形クリニックのパンフレットを見せながら必死に説得していた。

「いいか。これはお前がA賞を取るために絶対にやらなければいけないことなんだ。お前はたしかに小説のレベルは上がった。しかし顔のレベルはずっと平行線を保ったままだ。いや、年齢による加齢を考えると徐々に下がってきている。このままじゃA賞なんて無理だ。A賞を取るためには純文学作家に相応しい、芥川龍之介や太宰治みたいなルックスが必要なんだ。お願いだ!今すぐ俺と一緒に整形クリニックに行って顔面をイケメンにしてくれ!」



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