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海外文学オススメの十冊:第二冊目『ブッデンブローク家の人々』トーマス・マン作

 トーマス・マンの初長編であるこの小説には思い入れがある。マンの長編で最初に読んだのが『魔の山』でこの小説は二作目である。『魔の山』は完全に二十世紀に入ってから書かれたものであるが、この『ブッデンブローク家の人々』は十九世紀と二十世紀の移り変わってゆく時代に書かれている。この小説はブッデンブローク家という地方の名士の四代に渡る年代記てあるが、私はどうやら没落とかそういうテーマが好きらしく何とかの没落とか盛衰とかそういったものに過剰反応してしまう所がある。なのでこの『ブッデンブローク家の人々』も当然我が事のように食い入るように読んだ。かつて偉大であったものが衰退し滅んでゆく有様をマンは淡々と綴っていくが、家が衰退していくとともに心も離れていく一家の姿を見続けるのは辛いものがある。

 先程私はこの小説を年代記と記したが、よく考えれば十九世紀文学の傑作に年代記的なものはあまり見られない。スタンダールもフローベールもある出来事がテーマであり、小説はさほど長い時間の出来事の話ではない。バルザックやゾラの連作は確かに何年代にも渡る話かもしれないが、そのやはり小説群は何かの出来事が語られて一つ一つの作品内で語られる時間は決して長くはない。マンの『ブッデンブローク家の人々』は私には十九世紀文学の最後を飾る大作だと思われるが、私はその小説が四代にも渡る年代記であるのを見てもしかしたらマンはこの小説で十九世紀文学の総決算をしようとしたのではないかと考えている。

 この小説はブッデンブローク家の末裔である少年の痛ましい死で終わるが、私にとってこの小説のもっとも感動するのは彼の死を描いた部分よりも、その死の原因となった病気の説明の部分である。『チフスとはつぎのような病気である〜』という言葉から始まる文章を読んだ時私はそのメスのような怜悧な感覚に震えるものを感じた。マンはこのチフスの説明でこの没落してゆく一家への決定的な楔を打ったのだ。それは滅びゆくブッデンブローク家へのものであるし、二度と帰らぬ十九世紀という偉大なる世紀に対するものであったのかもしれない。またチフスの医学的で無味乾燥な記述は来るべき二十世紀文学の予告でもあったかもしれない。

 マンは後にノーベル文学賞を受賞するが、その受賞理由にこの作品の名が挙げられているのは広く知られている。十九世紀と二十世紀の間に生まれたこの『ブッデンブローク家の人々』は滅びゆく時代への追悼と新しき時代を予告する偉大なる傑作である。

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