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歯ぎしりロック

「大丈夫さ。オマエなら無事にやり遂げるさ」とスタッフやわざわざこのライブに駆けつけてくれた両親がステージへと向かう僕を励ましてくれた。僕は彼らの励ましにずっとやってきてよかったと感動して手にしているギターを見つめてあの頃を思い出していた。


 僕は生まれてからずっと歯ぎしりばかりしている子供だった。両親は笑いながら僕の歯ぎしりに悩まされて思わず僕の殺人計画を立てたことさえあると言っていた。その通り僕の歯ぎしりは多くの人を苛立たせ神経質な老人は歯ぎしりしているだけの僕を警察に突き出しさえした。僕の歯ぎしりはドリルのような音を立てていたので、両親がいい加減にしないとその口ガムテープで閉じるぞ!と文句をつけにきたものだ。だが両親はそれでも所詮歯ぎしりなんて赤ちゃんのうちだけで成長すれば治るだろうと僕を放って置くことにしたようだ。しかし歯ぎしりは治るどころか、ますます酷くなり、とうとうドリルみたいな音まで出すようになってしまった。

 当然両親は僕の歯軋りを治そうとあらゆる事をしてくれた。しかし何をやっても全く効果がないのでとうとう僕は精神科につれて行かれることになった。そしていろんなテストを受けさせられた後、医者はカルテ片手に両親に言ったのだ。

「この子に楽器を習わせたらどうですか?この子は非常にストレスの溜まりやすい子でそれが歯ぎしりとなって出るんじゃないかと思います。楽器と言ってもピアノとかバイオリンとかじゃなくてエレキギターとかうるさい楽器がいいと思います。一度試してみてくださいよ」

 両親は医者に言われた通りギターを買って僕に与えてくれた。僕は早速ギターを手にとるとギターに括り付けられていた説明書の通りにつま弾いてみた。だが何か違う。僕はどうなってるんだと思ったが、ふと弦のチューニングを忘れていたことに気づきチューニングをしてもう一度爪弾いてみた。だけどそれでも何かが違う。僕は悔しくてまた歯ぎしりをしてしまった。部屋中に歯ぎしりの轟音が鳴り響いく。ああ!なんのためにギターを買ったのか。ギターでも僕の歯ぎしりを止められないのか。僕はやけくそになってギターを思いっきりジャーンと鳴らしてみた。その時僕の中の何かが開放されたのだ。

 それから僕はとりつかれたようにギターを弾きまくった。あれほど僕や家族やそして僕の行動範囲の人々全てを苦しめていた歯ぎしりは嘘のようになくなった。僕は歯ぎしりの代わりにギター手に昼は激しいロック、夜は甘いバラードを弾いてみんなを喜ばせた。僕はいつも口にダンボールを詰められていたいぢめられっこだったが、ギターを手にした途端僕へのいぢめは全くなくなった。

 高校時代から始めたバンドのライブで僕は業界人から注目された。彼らは一応にすごいね君と僕を褒めちぎった。僕はミュージシャンになることに決めた。歯ぎしりから僕を救ってくれたのは紛れもなくこのギターなのだ。一生ギターと付き合ってやるさと僕は音楽業界に飛び込んだのだった。


 今その僕のライブが始まろうとしている。僕は両親とスタッフをみながらギターを手にステージへと向かった。客席は満員で今か今かと僕の登場を待っていた。僕が現れると客は一斉に歓声を上げて僕を出迎える。もう始まる前からライブはクライマックスだ。僕はギターを軽く弾いた。よしチューニングも問題はない。そして僕は勢いよくギターを鳴らした。客が僕に早くギターを弾けと叫ぶ。僕はその熱狂に煽られてイントロを弾き始めた。

 ああ!思い出すよ!歯ぎしりで両親からも学校からも近所の人からも遠ざけられていた日々。その歯ぎしりを救ってくれたのがこのギターだった。僕はいつの間にかギターを弾きながら泣いていた。客も泣いている僕を見て泣いている。ギターのアルペジオは涙のメロディーだ。僕はライトハンド奏法で涙の向こう側へと突き進んでゆく。そこに何が見えるのかわからない。今はただこのギターに身を委ねていたい。

 しかし僕はギターを弾きながらこうも思った。確かに僕はギターによってまっとうな人生を歩むことができた。だがそれで良かったのか。本当にこれでいいのか。本当に僕はギターによって自分が救われたと思っているのか。僕はギターを弾きながら何度も自問自答した。

 そしてライブはとうとうあと一曲の残すのみとなった。僕はプレイの前に客に向かってMCを始めた。

「みんな、今日はどうもありがとう!おかげで最高のライブになったよ。俺正直言ってライブどころかこのステージに立つことさえできないと思っていた。みんな俺を認めてくれるか。みんなどうせ俺じゃなくて俺のギタープレイを聞きに来たんだろうって思ってたんだ。だけど違かった。みんな本当に俺に会いたくて来てくれたってわかったんだ。今なら本当の俺を全て見せることができる。最後にありのままの俺を見せてやるぜ!」

 客は僕のMCに大絶叫で答えてくれた。僕はギターを投げ捨ててマイクに口を近づけて思いっきり歯ぎしりをした。聴いてくれこれが本当の僕だ!ありのままのギターを持たない僕なんだ!


「ぎゃああああああああああああああああ!何なのこのキモい音はやめて!今すぐ止めてよ!」

「何なのこれ?PAの故障なの?早く直しなさいよ!」

「うるさすぎて耳から血が出そうだわ!早く逃げないと!」

 客たちは口々にそう叫ぶと一斉に会場から逃げ出そうとした。しかし僕の歯ぎしりのせいで地面は揺れとうとう会場のライトが一斉に爆発してしまった。皆まだ歯ぎしりを続ける僕を罵りとうとう客の一人がステージに上って僕のギターで僕を殴ってきた。だが僕は歯ぎしりをやめなかった。やっぱり僕は僕のままで生きてゆくそう誓ったから。



 

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