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読まずに本を語るな

 女は男を前にして落ち着かなかった。いろんな場所についている千切れて飛んでしまいそうなボタン。どんなに押し込んでもはみ出てしまう贅肉。今男はその彼女をじっと見つめている。きっと彼は見る度に丸くなっている私に呆れているのだろう。ああ!彼に会うのが辛い。それならいっそ。でもやっぱり会えなくなるなんて辛い。その彼女の苦悩を知ってか知らずか男は女を見つめて言った。

「この間ちょい昔の小説読んだんだよね。ほら前君が教えてくれたじゃない?インパクトのあるタイトルのラブストーリー」

「ああ、君のす……」

「そっ、君の脂肪を食べたいね。俺読んで泣いたよ。こんなにピュアなラブストーリーがあるなんてさ。俺もそれ読んで思ったよ。君がもし病んでしまったら僕は君のその病に罹った部分を食べてあげるよ」

 女はこのあまりに酷すぎる冗談に男の脂肪を死亡するほど絞り出してやりたい程の怒りに駆られたが、しかし男は何故かずっとマジ顔で自分を見つめているではないか。

「あなたいくら冗談でも言っていい事と悪い事があるのよ」

 しかし男は女の文句に反省するどころか信じがたいと言った顔をして声を昂らせて女に問うた。

「何が冗談なんだよ!君には僕の言葉が全部冗談にしか聞こえないのか?僕は君の好きな『君の脂肪を食べたい』を読んで君がどうしてこの本が好きかわかったんだよ。だからその気持ちを正直すぎるほど正直に話したんじゃないか!本の通りいざとなったら君の脂肪を食べたいって、本当に思っているんだよ!」

 女の怒りは完全に沸点まで昂ってしまった。しかし彼女はその怒りを無理やり抑え、出来るだけ声を落としてこう尋ねた。

「で、あなたその本どこで読んだの?持ってるなら今すぐ見せてくれる?持ってなかったら後で写真撮って送ってきてね」

 すると男は急にオドオドしだし読んだけど立ち読みだから本は持ってないとか言い訳を始めた。そしてなんだか訳のわからなくなった男は女に向かってこう尋ねた。

「あの……本のタイトルなんだっけ?ちょっとド忘れして」

 女は怒りのままにバッグの中の本を男に投げつけてそして言った。

「私の好きな本は『君の膵臓を食べたい』よ!テメエ本を読まずに語るなよ!」

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