《シリーズ連載》ヒューマン・ストーリー 第二回:学校のおじさん
用務員のおじさんが学校から出てゆくと聞いて僕らは慌てておじさんがいつもいる体育館の裏に駆けつけた。この人には学校に入学してからずっとお世話になっていた。いやお世話になってたなんてもんじゃない。僕らはこの人に人生を教わったんだ。おじさんは受験のことしか頭にない教師なんかよりよっぽどいろんな事を教えてくれた。今まで親の言うままに勉強しかしてこなかった僕らに青春のあるべき姿を見せてくれたんだ。そのおじさんが今学校から去ろうとしている。僕らが何にも卒業出来ていないのに。
体育館の裏に行くとおじさんはやっぱりいつもと同じように立ってた。僕らはおじさんに軽く挨拶して学校を辞めるのは本当かと聞いた。するとおじさんは無念そうな顔で語り始めた。
「まぁ、言ってみればクビってやつさ。あの受験のことしか頭にない先生方には俺のお前たち生徒への思いがわからなかったようだ。今まで生徒のためを思ってやってきた事は全てパーになっちまった。そんなものは今すぐやめろってことさ」
ここでおじさん話を止めて目頭を押さえた。どうやら泣いているようだった。僕らもおじさんを思って泣いた。おじさんは受験勉強で疲れ果てた僕たち生徒のために至る場所に癒しの場所を作ってくれた。僕らはおじさんに案内されて癒しの場所を使っていたが、その時におじさんは人生に関する深すぎる話をしてくれた。だが、受験しか頭にない教師たちはおじさんがせっかく僕らのために作ってくれた癒しの場所を全て潰したのだ。今僕らはその惨めに潰された癒しの場所の残骸の前にいる。そこはもうテープでグルグル貼りされて癒しの影さえなくなっていた。
「せめてお前らが卒業するまでは残しておきたかったんだけどな。体育館のも潰されたし、校舎の裏のも潰された。あとプールのそばのも潰された。せっかく苦労して作ったのに全てがパーさ。だけど生姜、生姜焼きを食べなきゃいけないぐらいしょうがないさ。学校がダメだっておっしゃってるんだから」
僕らはおじさんを学校から追放した教師たちが本当に憎かった。コイツらに人間の心があるのかとさえ思った。アイツらを一発殴って一緒に退学してやろうか。そんな事を考えていた時、おじさんが突然笑顔でこう言った。
「実昨日秘密で癒しのスポットを作ったんだ。まぁ、去り行く俺からお前らへのささやかなプレゼントさ。学校にはバレないように慎重に使ってくれよ」
そういうとおじさんは僕らを癒しスポットに案内した。そして場所に着いたら早速癒しのやり方を実践してくれた。
「ここは最近まで発見出来なかったんだよ。いわば穴場ってやつだな。まさかここに新体操部の更衣室があるなんてさ。ウッヒョ〜!全部丸見えだぁ〜!浅倉南ちゃんがたくさんいるぅ〜!」
だが、いつの間にそのおじさんを教師たちが囲っていた。教師の一人がおじさんを怒鳴りつけた。
「何やってんだ!おいアンタなんで自分が退職になったかわかっているのか?全く自分が覗きをするだけじゃ飽き足らず生徒まで覗きに誘っていたとは!現場を見てしまったからにはもうしょうがない。アンタは退職じゃなくて懲戒免職にする!通報されないだけでもありがたいと思え!おい、お前ら今までこのオヤジみたいに覗きはやっていなかったよな?」
僕らは全くやっていない、今日初めて用務員のおじさんに誘われたと嘘をついた。いや嘘をつくしかなかったのだ。
今、教師たちはおじさんが作った癒しスポットをビニールテープで破壊し始めた。そして二人でおじさんを抱えてどこかに連れて行こうとしていた。その時おじさんが振り返って僕らを見た。だが僕らは目を背けた。その顔があまりにも悲しかったからだ。あの全てに裏切られた絶望というべき顔は僕らに何かを問いかけているように見えた。
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