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夫婦はライバル 政治家編

 夫婦で議員だというのは現代では特に珍しくない事だが、しかし夫婦がそれぞれ別の政党に属しているというのは非常に珍しいケースだ。しかもその夫婦が彼らが属する政党のリーダー的存在であり、いずれ首相の座を争うもの同士だとなると世界中を探してもどこにもいないのではないか。

 蟹崎芳雄と蟹崎葉那子夫婦はその希少な例外であった。ちなみにこの夫婦の名字は一緒だが、これは元々の名字が同じであるためで決してどちらかの名字に合わせたわけではない。もう一度ちなみであるが、昨今問題になっている夫婦別称問題については夫の芳雄は反対で妻の葉那子は賛成の立場をとっている。

 夫の芳雄は与党議員として環境大臣を務め、着々と首相の座へと近づいていた。その夫を国会で毎回激しく詰問するのは妻の葉那子である。葉那子は野党第一党の副党首を務めており選挙の結果与党になれば確実に内閣入りするだろうと言われていた。二人の国会討論は日本で最も注目される論戦であった。この共に日本の政治の次世代を担う夫婦による、ロジックを駆使した討論はそれはそれで注目に値するが、一般の視聴者にはやはりこの二人が夫婦であるところに注目する。激しく論じ合う時、たまに夫婦が互いの思わぬ所を突かれた時にふと見せる苦笑や、相手に助けを求める視線などを見せた時に視聴者はこの政治上のライバル同士の夫婦仲が非常に良い事にほっこりするのだった。視聴者が気づいているなら当然議場にいる他の議員もそれに気づいており、夫婦に対して党派を超えた心温かい野次が飛んだ。

 何故にこの党も政治信条もまるで違う二人が結婚したかというと、この二人は元々同じ政治研究会のサークルに属しており、そこで互いを知ったのであった。その経緯について環境大臣蟹崎芳雄氏はこう語る。

「蟹崎葉那子さん、いや私としては妻とか葉那子と言いたいんですが、やはり他党の人だし、それに蟹崎さんは女性の権利について非常こだわっている方ですから、フルネームで呼ばせて下さい。その蟹崎葉那子さんとは大学のサークルの政治研究会で知り合ったんですが、彼女がやたら私の意見に食ってかかってきまして、論破される事もたびたびありまして。それで何クソってこちらも知識を導入したりして猛烈に鍛えて対抗していたんです。サークルはもう私と蟹崎葉那子さんの討論会みたいになってしまいまして。他のメンバーは完全にお客さん状態で私たちの討論を聞いていたんです。でもそうしてずっと討論しているうちになんか仲間意識というか信頼感みたいなものを感じてしまいましてそれで多分私からそれとなく近づいたと……いや、ここまでにしましょう。これ以上喋るとまた妻から……いや今の部分は消してもらって」

 野党第一党副党首蟹崎葉那子氏は彼女の視点からその事情を語った。

「パートナーの蟹崎芳雄君とは政治研究会というサークルで知り合ったんです。大学は一緒でしたが、彼は法学で私は社会学と学部が違っていたんでなかなか接点がなかったんです。サークルで知り合った頃の蟹崎芳雄君はまだまだ毛の生えない雛みたいな子でその癖私にやたら討論を仕掛けてきたんです。とはいっても所詮雛ですから何度も返り討ちにしてやりました。彼は法学で基本法典原理主義だから応用が効かないんですね。だから毎回法学と実際にそれが適用された社会の現状の間に当然生じる矛盾を指摘して上げたら彼は見事に黙ってしまいました。でもそうやって蟹崎芳雄君を何度も論破しているうちに不思議と彼に親近感が湧いてきまして、ああ、この人となら長く付き合っていけるかなと思うようになりまして。それで私から……蟹崎芳雄君が何を言っているか知りませんが、私からハッキリと交際を申し込みました」

 蟹崎芳雄と蟹崎葉那子はそれぞれ別の党に属し、当然ながら事務所もそれぞれ別に構えながら別宅は持っていない。自宅は数年前に二人名義で買ったマンションだけである。それでは互いの党の情報が漏れたり、大体政治活動に支障が出るではないかなどといった意見は当然出るが、二人は全く問題ないという。その辺の事情について再び蟹崎芳雄氏に語ってもらおう。

「私たちは基本的に政治活動の類は全て議員会館や事務所で行なっています。これは妻……いえ今のは消して下さい。……蟹崎葉那子さんと結婚する時に決めたことです。私たちは結婚する時こう誓ったんですよ。党も政治信条も違うけどとりあえずこれだけは夫婦共に守っていこう。まず政治家として第一に全ての国民の生活向上を優先し、自分の利益のために一部の人間のために便乗を測るような事はあってはならない。次に結婚によって互いの人間性や思想や政治信条を縛ってはならない。最後に互いの政治活動には決して干渉しないとね。だから私は妻……いえ葉那子さん……いえ蟹崎葉那子さんの政治活動についてはマスコミで書かれている事以外は知らないし、彼女もまた私の政治活動についても同様に知らない。私たちは相手がプレスリリースしたものだけで日々議論しているわけです。それに私たちは多分皆さんには全く想像できないでしょうが、家では全く政治の話はしないんです。完全にオフ状態なんです。まるで普通の会社員というかそれ以上にオンとオフを分けています。蟹崎葉那子さんは堅物に見えて意外と子供っぽいところがありまして……いや、もうやめましょう」

 夫である蟹崎芳雄氏が語るように確かに蟹崎葉那子氏は堅物というイメージがある。かの英国首相故サッチャーは鉄の宰相と言われていたが、蟹崎葉那子氏にもそんなような所がある。しかしそんな彼女に子供っぽいところがあるとは。それはもう蟹崎葉那子氏本人に聞かねばならない。

「私はこう見えて仕事人間では全くないんですよ。政治家になる前は商社に勤めていて人事にもそれなりに評価されていたのですが、激務のあまりプライベートの時間が取れなくてそれで毎日鬱鬱としていました。結局その不満が政治で労働環境の改善をしなくてはと私を政治家への道に走らせたんですが、それぐらい私にとってプライベートは重要なんです。プライベートで政治家の仮面を外して素の自分に思いっきり帰る。それはどんな人間にも、特に私たち男性に日々虐げられている女性たちにとって大事な権利なんです。蟹崎芳雄君は残念な事に彼は夫婦別称反対派であり、どこかで男権主義に囚われている人ではありますが、私という人間の権利を尊重してはくれています。実は私テレビゲームが趣味でありまして学生時代には一日中篭ってゲームをしていたことがあります。今でもちょくちょくゲームはするんですが、この間蟹崎芳雄君とマリカーで勝負してそれでぶっ続けで勝ったんですよ。蟹崎芳雄君はすごいゲームの上手い人で勝負してもなかなか勝てなかったんですけど、でもこの日は何故か立て続けに勝っちゃいまして、私感激のあまり泣いてしまいました」

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