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《連載小説》おじいちゃんはパンクロッカー 第十六回:仲直り その2

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「サトル、起きているのか?」

 中からは何の反応もなかった。それで露都はもう一度呼びかけようとしたが、その瞬間ドアの向こうのサトルが異様に低い声で言った。

「そのおっきな袋、おじいちゃんのプレゼント?」

「そ、そうだ」と露都は慌てて答えたが、その時ドアの隙間からサトルの強烈な視線を感じた。彼はその息子の視線にビビって思わずのけぞったが、息子はさらに続けてこう聞いてきた。

「それボクに返してくれるの?」

「ああ、返すよ。でもその前にお父さんと仲直りしようよ。今までの事は全部お父さんが悪かった。この通り謝るからドアを開けてくれよ」

「ごめんなさいするだけじゃだめだよ。だけど、もうおじいちゃんを追い出したりしないって約束してくれるなら仲直りしてもいいよ」

 露都は約一週間まったく口も聞いていない息子との仲直りのためだったらもうなんでもするつもりだった。サトルを垂蔵の入院先に連れて行ったってもいいとさえ思った。彼は先ほどの絵里の言葉を思い出した。確かにアイツはいまだに許せない。だけどそれはサトルとは全く関係ないんだ。自分の事情でサトルを大好きなおじいちゃんに会わせない理由なんかない。露都ははっきりと息子に言った。

「わかった。これからはおじいちゃんが家に来ても追い出したりしないよ」

「絶対だよ。うそついたら魚屋さんでハリセンボン丸ごと飲んでもらうからね」

「ああわかってる。お父さん嘘ついたら自分でハリセンボン買ってサトルの目の前で飲むよ」

「ホントだよ!今言った事忘れないでね。あっ、それと!」

「なんだ、まだあるのか?早く言えよ。お父さん早くサトルと仲直りしたいんだよ」

「うん、うん、言うよ!来週の土曜日におじいちゃんがコンサートやるんだ。だから連れて行ってね」

「ああそうだな、おじいちゃんのコンサート一緒に行こう、な……」

 露都は勢いでここまで口にした瞬間あっと声を上げて慌てて口を閉じた。しかしすでに時は遅しだった。サトルは露都の言葉を聞いて歓声を上げていきなりドアから飛び出してやったぁ~と叫んで駆け出して離れたところで二人を見守っていた絵里に飛びついて全身で喜びを表現しながら母にこう言ったのだ。

「ねえ、お母さん、お父さんがおじいちゃんのコンサート連れて行ってくれるって!おじいちゃん絶対に喜ぶよ!お母さんも聞いたでしょ?おじいちゃんずっとお父さんにコンサート見せたいって言ってたもんね!ああ!来週が待ちきれないよ!やっと、やっとおじいちゃんに会えるんだよ!しかもお父さんと一緒にさ!」

 絵里は抱きつくサトルをあやしながら厳しい顔で露都をチラリと見た。露都はその視線に耐えられなくなり、サトルの部屋に垂蔵のプレゼントが入ったPPバッグをおくと再び書斎に引っ込んでしまった。


 それからしばらくして絵里が書斎に入ってきた。彼女はさっきよりも一層厳しい顔で露都に言った。

「あなたなんて事言ってくれたのよ!いくら息子と仲直りしたいからって実現できない約束しちゃダメでしょ!来週になってやっぱりおじいちゃんライブ出来ませんでしたって言われてあの子納得すると思う?」

「わかってるわそんな事!ただもののはずみで口にしちゃっただけだ!俺だってすぐに取り消そうと思ったわ!だけどあんなに喜んでるサトル見てホントの事言えるかよ!」

「で、どうすんのよ。あなたその日になったらやっぱりおじいちゃん病気でライブ出来ませんでしたって謝るつもり?ああ!またサトル怒るわよ!今度は一生あなたと口聞いてくれなくなるわよ!」

「そうなったらサトルを垂蔵のとこでも連れて行けばいいだろ?アイツだっておじいちゃんに会いたいんだろ?」

「何それ?あのさぁ、そんないい加減な態度でいいと思ってんの?」

 と絵里はここまで言ったところで露都の言葉にハッとして彼に尋ねた。

「っていうか、あなた本気でサトルをお父さんのとこ連れてくつもり?さっきみたいに口が滑ったとかそういうんじゃないよね?ホントに連れてくんだよね?」

「ああ、本気だよ。俺さ、サトルにプレゼント帰る前、ずっとお前が言ったことを考えたんだ。確かに俺はアイツが憎い。だけどあんなヤツでも親父は親父なんだ。決して他人じゃないんだってさ。それに俺とアイツの事はお前とサトルには関係のないことだ。だからせめて生きてる間はアイツに向き合ってやろうって思ったんだ。絵里。さっきは怒ってごめんな。俺正直に言ってお前の言葉に打たれたよ。ありがとう。俺、生まれてこの方人から説教されたの初めてだよ」

 この夫の素直っぷりに絵里は驚くどころか引いてしまった。えっ、この人なんか目をキラキラさせて言ってるよ。

「ろ、露都どうしたの?なんか素直すぎてキモいんだけど。あれはね、さっきも言ったようにあれは私の言葉じゃなくて本かなんかの言葉だから、か、勘違いしないでよね!と、とにかくサトルの事はこれから何があっても私は責任持だないからね!全部あなたが責任持ちなさいよ!父親なんだから!」

 絵里はそこでああもう!と言って言葉を断ち切り、そして露都に聞いた。

「で、今夜はどこに寝るの。ここ?それとも寝室?」

「寝室にするよ。ここじゃ全然寝らんねえからな」

 それを聞いて絵里はにこやかに笑って答えた。

「じゃあ、ベッドの準備整えておくからもうちょっと待っててね」

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