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《連載小説》おじいちゃんはパンクロッカー 第十七回:突然の電話

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 翌朝、久しぶりのベッドで熟睡しきっていた露都は絵里から思いっきり揺さぶられて目を覚ました。露都はうつらうつらの意識の中、何事かと思って目を開けたが、絵里はその夫に向かって大声で電話だと言い、相手は垂蔵の所属事務所のデストロイカンパニーの人だと教えた。露都は妻から垂蔵の所属事務所だと聞いて不思議に思った。彼は事務所とはそれまで全くやりとりがなかったので、まさか垂蔵になんかあったのかと不安になった。がすぐに冷静になり、今は病院と直接やりとりをしているから、垂蔵の病状に何か異変があったら直接連絡が来るはずだと思い直した。垂蔵の病状じゃなかったらなんなのか。露都はとにかく電話に出る事にした。

「あっ、大口露都さんでしょうか?私デストロイカンパニーの家時と申します。実はご相談したい事がありまして、あの、垂蔵さんも交えて話し合いをしたいので、今から病院に来てもらえませんでしょうか?私もサーチ&デストロイのメンバーと一緒にそちらに向かってますので」

 聞き慣れぬ声であった。声からするとどうやら若い男のようだ。相談とは何事だろうか。入院費はこっちが全部持ちだ。その他にもまだ金が入り用なのか?入院費も本来はそっちが全部払うべきなのに、何でもかんでもこっちに押し付けられては困るってもんだ。露都はこの垂蔵の事務所の家時という男の言葉に胡散臭いものを感じた。垂蔵も交えて話し合いたいという事だが、もしかしたらライブの中止の賠償とかでこっちに金を無心してくるんじゃないかと勘繰った。どうせ垂蔵の入院費すら払えない事務所だから当然保険なんて入っているわけがない。全く冗談じゃない。いくらなんでもこっちにそんな金なんかあるわけがない。しかし彼はとにかく話を聞いてみない事には何も始まらないと思い、とりあえず全てを確認するために病院に行く事した。

「ありがとうございます!では病院でお待ちしています!」

 事務所の男は露都の返事を聞くとやたらハキハキした声で礼を言って電話を終えた。受話器を置いたのだが、その彼の後ろから絵里が話しかけてきた。

「ねぇ、お父さんの事でなんかあった?私たちも病院行こうか」

「いや、大丈夫だ。アイツの体調に変化があったとかそういう話じゃないから。俺一人で行く。今日はスイミングスクールなんだろ?もうそろそろサトル起こして準備始めないとバス待たせちゃうぞ」

「ああ、そうだね。でもなんかあったら絶対に連絡してね。一人でなんとかしようってのはなしだからね」

「ああ」

 結局、ホントに病院に行くハメになっちまったな、と病院へと向かう電車の中でマー君の父親と昨日電話で交わした会話を思い出して苦笑した。そして病院が自宅から離れた場所にあって本当に良かったと思った。病院が自宅の近くにあったら自分と垂蔵の関係は全てあの男にバレてしまうだろう。そしたらあの垂蔵のファンらしき男は目の色を変えて自分に付きまとうだろう。やっぱり隠してたんですねえ。全く人聞きが悪いなんて言って。彼はその情景を思い浮かべて笑いかけたが、その瞬間さっきの事務所の電話の事を思い出して嫌な気分になった。相談てのはやっぱり金の無心なのだろうか。そうだとしたらハッキリとうちにはこれ以上出す金はないと断らなきゃいけない。たとえアイツが土下座してきてもだ。だが断ったら結局垂蔵たちと揉める事になるかも知れない。そうなったらサトルを垂蔵に会わせるなんて出来なくなる。それじゃ完全に元の木阿弥だ。

 ええい!まだ何にも聞かされてないのに勝手に判断するな!とにかく病院で垂蔵や事務所の連中に事情を聞かなきゃ始まらんと露都は両手をキツく握って自分に喝を入れた。露都はふと垂蔵のバンドにも公式HPみたいなものがあるのだろうかと考えた。それを見ればライブのスケジュールがどうなっているのかわかるだろうと考えてググって調べようと考えたのだ。だがすぐにバカバカしくなってやめた。そんなものどうせ病院で聞けばわかる事だし、わざわざあんな馬鹿げたものを見る必要はないと思った。その時電車が止まったので露都は顔を上げてホームの駅名標を見た。ちょうど目的地の駅だった。

 垂蔵の入院している病院は駅から徒歩十分ぐらいの所にあった。露都は駅からでると早足で病院へ向かい、今はエレベーターで垂蔵のいる病室の階へと昇っている所だった。気分は重かった。全くなんて一週間だ。垂蔵の入院に始まり、息子との喧嘩。せっかく全てが収まりかけているのにまた火種が起きそうな予感がする。その時エレベーターが止まって開いた。電光表示は垂蔵のいる階を示していた。

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