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《連載小説》おじいちゃんはパンクロッカー 第十五回:仲直り その1

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 絵里が出て行った書斎で露都は大きなため息をついた。もう完全に仲直りどころではなくなってしまった。しかも絵里とまで喧嘩になってしまった。彼は先程の自分の子供じみた態度を悔やみ、自分は垂蔵の事になると何故にこうも冷静じゃなくなってしまうのか考えた。これも全てアイツが悪いのだ。アイツがいるからこんな事になるのだ。何故ならアイツは憎んでも憎みきれない男だからだ。自分を愛した母を死に追いやり、それでも悔い改めず自堕落な生活を続けていた男。パンクロックなんてゴミ音楽で言葉の意味もろくに知らないのにアナーキズムとか喚いていた社会のクズ。さっさとその存在ごと消してやりたいと思っているのに、どうしてアイツはいつまでも俺に付きまとうんだ。露都はさっきの絵里の説教を思い浮かべた。あのバカ偉そうなぬかしやがって俺を一体何だと思ってるんだ!何が後悔したくないならごまかしでも仲直りしろだ!そんなことで全てが丸く収まったらこんなに苦しんでねえんだよ!垂蔵には誰かが罰を与えなきゃいけない。アイツに自分がしでかした罪を味合わせて後悔と自責の念で最期まで苦しんで死んでもらわなきゃいけない!それが世の道理だ!とここで露都はふと立ち止まって考えた。母さんは自分に酷いことを重ねた垂蔵を許し、そして幸せだったと思い込んで死んだ。その母さんの父であり弟である、祖父や叔父さんはアイツには二度とに会いたくはないだろうが、母さんを死に追いやったアイツを憎むというよりは、ただの忌むべき人生の障害として忘れ去ろうとしている。それは普段の二人の口ぶりからあからさまにわかることだ。ということは俺だけなのか?母さんは赦し、彼女の親や兄妹がなかった事にしようとしている垂蔵という存在を、こんなにも胸が苦しくなるほど憎んでいるのは俺だけなのか?

「俺だけなのか?」

 露都は口に出して自分に問うた。彼はこう口に出した途端に自分の垂蔵に対する恨みつらみが滑稽に思えてきた。バカバカしい、なんで当人が許しているのに息子の俺がわざわざ垂蔵を罰しなきゃいけないんだ?いずれ死ぬ垂蔵をどうしてここまで憎まなきゃいけないんだ?彼は再び絵里の言葉を思い返した。別に許さなくてもいいから母の事は一旦胸に納めて父親を看取れ。それが垂蔵と俺の救いになる、か。絵里のヤツ苦労知らずのお嬢様のくせにうまい事言いやがって!露都はしばらく座ったまま天井を見上げていた。そしてしばらくしてから立ち上がり、絵里がサトルの部屋からプレゼントを入れて持ってきたPPバッグを手に、床に散らばっていた垂蔵の孫へのプレゼントを拾い始めた。


 サトルへのプレゼントを入れたPPバッグを持って書斎を出た露都だったが、ドアから出た途端いきなり絵里に出くわして固まってしまった。なんだか気まずかった。彼はさっき怒ったことを詫びようと思ったが、絵里がじっと自分を見ているのに動揺して言葉が出なかった。だが絵里はすぐににっこりして彼に話しかけた。

「あっ、サトルにプレゼント返してくれるんだ。もともと私があの子の部屋から持ち出したものだから、気に病んでたんだよね。よかった、これで肩の荷が下りるわ。で、やっぱり謝るの?」

 露都は絵里の問いに顔をこわばらせて立ち去ろうとした。しかし絵里はその彼に向かって再び尋ねた。

「ねえ、サトルに謝るの?答えてよ」

「ああうるさいな。このバッグ見てわかんないのかよ」

「そうなんだ。でも明日にしない?どうせ部屋に行ったってサトル寝てるよ?」

「いや、寝てるかどうかなんてノックすりゃわかんだろ。ノックしてなんの反応がなかったら寝てるってことだ」

「はぁ、あなたバカ?あの子が起きていたとしても、さっきあんだけ喧嘩した人の話を聞くと思う。謝罪なんてのはね、ちょっと間をおいてお互いに冷静になってからするもんでしょ?」

「俺は今日中にサトルと仲直りするつもりなんだ。いいからお前は黙って見ていろよ」

「だから私はそれが却ってあの子の機嫌損ねるからやめろって言ってんの?あなたそんなこともわかんないの?」

「だから黙って見てろって言ってるだろ!」

 そう言って露都は絵里を振り切ってそサトルの部屋に行ってしまった。絵里はこの露都の行動にあきれ果て、もうどうなっても知らないからとこの頑固者の夫に向かって言い放った。

 露都は勢いでサトルの部屋のドアの前に立ち早速ノックしようとした。だがノックの必要はなかった。サトルの部屋からは何の音も聞こえないが、ドアのそばでサトルの立っている気配がしたのだ。今息子に謝ろうとしている父親はノックしかけた手を下ろし、左手で持っていたバッグを上げて眺めて、そしてドアに向かって呼びかけた。

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