見出し画像

《長編小説》全身女優モエコ 第十話 全身女優開眼 その3

前話 次話 マガジン『全身女優モエコ』目覚め編

 その場にいた一同モエコのあまりに異様な姿に呆然とし、木の役に全力投球するというモエコの宣言に何も言えずに黙っていた。すると木の枝を至るところにくっつけたモエコが目を血走らせながらいきなりステージの上に上がり、棒立ちで木の役をやっていた男子生徒たちに向かって怒鳴り出した。

「アンタ達なんなの?ただ枝持って立ってそれで木を演じてるつもりなの?」

 そして男子生徒たちを片っ端から殴り、殴りながら彼女は泣いて一人一人にこう説教した。

「アンタ達は木をなんだと思ってるのよ!木はただの棒じゃないのよ!私達を優しく包んでくれている木をそんないい加減に演じていいと思ってるの?そんないい加減な演技をして木に恥ずかしくないの?木はね、私達を支えてくれてる守り神なのよ!私たちは木がなくちゃ生きていけないの!このシンデレラだって木がいなくちゃ死んでしまうわ!いいこれが木の痛みよ!これが木の涙よ!私だって昨日までは木をバカにしてた!木を演じるなんてバカな事だと思っていた!でも違ってた!木は教えてくれたのよ!木は地球にとって、そしてこのシンデレラの舞台にとって命よりも大事なものだってことを!」

 モエコに殴られた男子生徒たちは号泣して泣き叫んだ。九州女は子供の頃から九州女。少年たちはそんな九州女にいぢめられて男になっていく。モエコは姉のような、いや人生の教師のような気持ちになって男子生徒をボコボコに殴っていった。そして彼女は男子生徒たちに向かって言った。

「私が本物の木の演じ方を教えてあげる!見て!これが血の通った本物の木よ!」

 そう言うとモエコは背筋を伸ばして立ち腕を広げてそのまま目を閉じた。その姿を見て女子生徒はあざ笑い囃し立てた。

「モエコお前頭がおかしくなったのか?病院いけよ!病院!」

 しかしモエコはそんな雑音には耳を貸さず目を閉じてひたすら木を演じていた・あの森で味わった感動を思い出しながら。

 The tree has entered my hans,
 The sap has ascended my arms,
 The tree has grown into my breastーDownward,
 The branches grow out of me, like arms,

 木がわたしの手にはいりこんだ
 樹液がわたしの腕をのぼった
 木がわたしの胸に生じた―
 下に向けて、
 枝が腕のようにわたしから生える。

 ああ!蘇ってくる。あの初めて木に受け入れられたあの感触が!彼女は木の鼓動を、木のざわめきをそのままに再現したかった。モエコは両手をかすかに震わせた。すると体育館内ににまるで本物の木のざわめきのような音が鳴った。そしてモエコは口で風の音まで鳴らしたのだ。ヒュー!と彼女は口で風の音を吹いた。その途端体育館内は一瞬にして森林へと変わっていた。あのバカな女子生徒も、担任も、男子生徒も、一瞬にして森林へと連れ去られた。ああ!これがモエコがその全身女優ぶりを発露した瞬間であった!その体全体で幻想すら作り上げる女優モエコ!私は残念ながらその瞬間は見ていない。なぜならこの話自体彼女から聞いたことなのだ。彼女は例の激しい身振りで私達によく語っていたものだ。木を演じられるのは私だけよ!と。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?