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《長編小説》全身女優モエコ 第十一話:文化祭直前の大事件 前編

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 それからシンデレラの稽古は滞りなく進んでいった。モエコは木の役者兼演出家となり、木の役の男子生徒をビシビシと鍛えていった。男子生徒たちは最初はモエコの激しすぎる演技指導に耐えきれずピーピー泣き出し、しまいには学校にさえ来なくなった男子も出る始末であったが、モエコはそれでもくじけずに、その男子の家まで押しかけ、アンタ!シンデレラから逃げる気なの?そんなの私が許さない!絶叫に許さない!と男子生徒をボッコボッコになぐりその首根っこをひきづって体育館に連れ戻したり、また、男子生徒に木の演技を学んでもらおうと彼らを日中ずっと木に縛り付けるなど、情熱的に男子生徒を指導した甲斐あって、男子生徒の木の演技は異様なくらい上達し、今ではモエコが棒を振って合図すれば、まるでベルリン交響楽団のように木のざわめきを完璧に再現するまでになった。

 しかし、それに反して肝心のシンデレラの登場人物を演じる連中の演技は一向に上達しなかった。モエコたちがいくら木のざわめきや風の音、さらには登場人物の草を踏む足音まで再現しているのに、シンデレラ役をはじめとする登場人物の彼女たちの演技は相変わらずの棒読みで、しかもセリフすら覚えられずひたすらカンペを読んで演技している有様だった。明後日が文化祭なのにこの有様はなんであろうか。モエコはそんな彼女たちの悲惨な演技をそばで見ていてたまらず何度も自分が替わりにシンデレラになろうと申し出ようとした。しかしその度にモエコは自分の役目はあくまでもシンデレラの舞台を支える木なんだと思い直し、ひたすらシンデレラと彼女をいぢめるお嬢さま役がまともな演技が出来るようなることを願ったのだった。

 だが現実はモエコのそんな願いをボロボロにしてしまった。今まで一度も稽古に参加しなかった王子役の男子生徒が今日やっと稽古に参加したのだが、まったくやる気がなく、挙句の果てにシンデレラ役の女子生徒を指差して、

「こんなブスと恋人になるなんて演技でもやだね!ヤダねったらヤダね!」とわめき出したのだ。

 それを聞くなり女子生徒は「ワァー!」と声を上げて号泣しその場に倒れた。他の女子生徒はシンデレラ役の女生徒に対する王子役の生徒のあまりに酷い言葉に頭にきて、箒を振り上げて男子生徒を襲った。しかし男子生徒は、

「俺にそんな事していいと思ってるのかお前ら!そんな事したら俺王子役降りるぞ!このブス共!この学校一番のハンサムボーイの俺の代わりに王子役できる奴がいると思っているのか?あの木の役の田吾作共に王子なんかやらせたら学校中の笑いものだぜ!」

 と叫びながら逃げ回ったのだった。

 確かにこの男子生徒の美貌はこの学校ではずば抜けて秀でていた。しかも彼以外のクラスの男子はみんなブサイクの塊みたいな連中でこんな奴らを王子にしたら失笑もの間違いなしだった。だからこの男子生徒には絶対に王子様役をやってもらわねばならなかった。担任は木を演じている男子生徒たちを見て絶望した。あんな出来損ないのサツマイモ連中にとても王子様役など演じられない。そうしたら間違いなく文化祭の演技コンクールは最下位確定。そして自分は確実に笑いものにされる。だから普段生徒同士の争いごとに我関せずの彼が珍しく今にも殴られそうな男子生徒を助けようと女子生徒たちのの前に立ち彼をかばったのだった。

「おい、やめろ!揉め事はやめるんだ!今流行りの学生運動じゃあるまいしそんな箒で人を叩いたら危ないじゃないか!」

 しかし血の高ぶった女子生徒たちは教師の言うことなんか聞きはしなかった。彼女たちは男子生徒を叩こうと担任に対してそこをどけ!と言い放ち、どかないならお前も殴ってやると口々に叫んだ。ああ!何度も繰り返すが九州女は子供の頃から九州女。てだれの闘牛士でもとても扱えるものではない!担任はもうやけくそになって叫んだ。

「そんなにアイツを殴りたいなら代わりに俺を殴れ!」

 望むところだった。女子生徒たちは担任を取り囲み、握りしめた箒でボッコボッコに殴り倒してしまった!やめろやめろと叫ぶ担任に向かってボディは勿論、顔まで箒で滅多打ちにした。女子生徒のうちの一人が「顔はやばいよ、ボディにしな!ボディに!」と注意したが誰も聞きはしなかった。

 その担任の絶叫と滅多打ちする音が体育館中に響きわたる中、ステージでひたすら木を演じるモエコたちはそんなことなど我関せずとひたすら木の役にのめり込んでいた。ああ!人はどうして争いごとが好きなのだろう。こうして木になって見れば争うことなんてバカバカしくなるのに。モエコは木を演じているうちに、いつの間にかどこにいても自然の息吹を感じるようになっていた。ああ!田舎育ちのくせに自然の素晴らしさに気づかなかった自分はなんて愚かだったのだろう。ああ!もう少しこの自然の中に漂っていたい……。とモエコが自然の匂いを感じたくて息を吸い込もうとした瞬間だった。突如甲高い絶叫がモエコの耳を貫いたのだ。


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