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ドイツ風メロドラマ

 かつて永遠の愛を誓った恋人もいざ結婚してみたらただのつまらない男だったというのはありきたりな話だ。だがありきたりであるが故に深刻な悩みでもある。

 ドイツのフランクフルト市のウィーンマンションに住むグレーテ・Kもまたそのような悩みに囚われていた。恋人だった頃はジャガイモのようにブサイクでソーセージ未満のものしかぶら下げていないグレゴールを愛しもしたが、いざ彼と結婚してみるとそれらの欠点全てを嫌悪するようになった。グレーテはとうとう顔を合わせることすら嫌がるようになり、朝は嫌味に先っぽの皮だけ剥き三分の一あたりに刻みを入れた逞しいフランクフルトを出す始末だった。

 グレーテはグレゴールと離婚しようと考えたが、しかし今離婚してもメリットはないと考えていた。グレゴールは優秀な某世界的な大企業に勤めており今は出征街道を爆進している最中であった。今離婚してもろくな慰謝料は取れない。せめてもう少し彼が出世してどこかの支社長か、グループ企業の社長になったあたりで離婚すればきっと莫大な慰謝料を取れるはず。彼女はそう考えて今は耐えた。しかしその日まで何もせず耐えているなんてとてもやりきれない。グレーテは夫もきっと国内や海外の出張先で女遊びをしているはずだと考え自分も同じことをしてやると思った。これは彼女が浮気をするために勝手に拵えた想像であった。グレーテは夫が浮気をしていようがいまいが夫以外の男と遊ぶつもりだったのだ。

 その遊びのためにグレーテはググりまくり片っ端からマッチングアプリを検証して一番確実に男に出会えそうなサイトに登録した。彼女は登録を終えると、いつの間にか妻を無視して浮気ばっかりしているという設定になってしまったグレゴールにこれもあなたのせいよ、あなたが私を捨てて他の女とばかり遊んでいるからこんなことをしたのよと心の中で詰りまくり早速かたっはから男に声をかけたのだった。彼女は男を選ぶにあたって特に重視したのはルックスであった。職業や年収は二の次だった。お金だったら十分にある。今の自分が何より欲しいのは逞しい肉体だ。ああ!その逞しいフランクフルトを私に熱く差し込んで欲しい。そして激しくミルクを吹き出して!彼女は目当ての男たちから返事が来るたびにそんないけない妄想に耽った。

 そうやって男たちとやり取りをしていたグレーテはとうとうあるイケメンの男と会う事になった。その男は俳優を名乗っている若い男で連続ドラマ『名警部フランツ・ヨーゼフ』のちょい役で出ていたという。彼女はそれを知ってますますその男に会いたくなった。

 ああ!夢の時よ。グレーテは俳優もどきの男とレストランでフランクフルトを食べ、さらにホテルで男のフランクフルトを咥えた時自分が今幸せの絶頂にいるのだと感じた。男の暴力的なまでに聳り立つフランクフルトに突き上げられグレーテは自分がアルプスの山頂まで飛んだように思った。ああ!俳優もどきは俳優としては三流かも知れないが男としては最高であった。彼女は男の逞しいフランクフルトを立て続けに打ちこまれながら今すぐグレゴールと別れてこの男と一緒になりたいと思った。

 その翌朝、家に帰るつもりだったのに俳優の男と離れたくなさについホテルに泊まってしまったグレーテはベッドの中で目覚め無意識に男を求めた。また私をアルプスの山頂に連れて行って。彼女はそう思いながら男に触れた。しかしグレーテは男の肌に触れた瞬間その気色の悪い異物感に心臓が飛び出そうなほど驚いた。その異様に冷たくて硬くとても人間のものとは思えなかった。彼女は何事かと思って恐る恐る目を開けて男を見てそのあまりに異様な姿に部屋が揺れるほど絶叫した。なんとそこにいたのは男ではなくて大きな虫だったのである。グレーテはそばにあったハンガーででっかい虫を滅多やたらに叩いた。だが虫には傷一つつかずプシュルシュルと不快な音を立てて彼女に飛びかかった。グレーテはもはや食われてしまうと覚悟して十字を切ったが、その時何故か虫は彼女の元から離れ部屋の隅でプシュルシュルと悲しい音を立てた。グレーテは虫が離れたので立ち上がり素早く着替えて虫に唾を吐いてすぐさま部屋から逃げ出した。

 グレーテはこの思わぬ事態にやはりルックスだけじゃダメだと考えを改めルックスに咥えてある程度の地位のある男を探す事にした。しかしどの男も俳優と同じように一晩過ごしたらみんな虫になってしまった。しかもどの男も害虫になってしまうのだ。ハエ男、ゴキブリ男、フンコロガシ男。ああ!一番酷かったのはウジ男だった。グレーテは度重なるこのあまりに異常で陰惨なアヴァンチュールの結末にやっと自分が誰を本当に愛しているのかを悟ったのであった。

 グレーテは都合よく出張中だった夫のグレゴールが家の玄関に現れるのをみると全力で走って夫に抱きついた。彼女は涙を流して自分の不実を夫に向かって謝った。

「ああ!ごめんなさい!私あなたが出張に行っている気の迷いでいろんな男と浮気してしまったの。でも浮気して初めてあなたを本当に愛している事に気づいたわ。他の男は人間のふりをした虫だった。本当に人間だっだのはあなただけよ!」

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