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大阪で東京チカラめしを食べました

 この間大阪に行ってきました。休暇を取っての旅行です。大阪には何度も行っていますが、行く度にいつもこの人情の町に癒されています。大阪が人情の町と書くと、嘘だろ?大阪は損得勘定だけ。人情なんかひとっかけらもない、余所者を嫌うとこじゃないかと反論してくる人がいます。ですかそれはうるさいだけの吉本芸人や、テレビのバラエティとかに出てくるステレオタイプな関西人しか知らない人の偏見に過ぎません。大体オチのない喋りに、「結局何言いたかったんや」と突っ込む大阪人なんて1パーセントいませんし、関東人が語尾にじゃんをつけるのをキモいわと嫌う大阪人だって1パーセント会った事はありません。大阪人がみんな面白いというのも嘘です。普通の大阪人は周りの人の存在を気にせずただ自由に一人盛り上がっている楽しい人たちなのです。

 繰り返しになりますが、私はこの間大阪に行ってきたのです。いろんな所に行って大いに大阪の町を満喫して、そんなこんなで観光を楽しんでいるうちにあっという間に滞在最終日になってしまいました。その夜は明朝に空港に向かうために早めに寝ようと、宿泊先の難波の某ホテルに戻るために高島屋の別館付近を歩いていたのです。その時でした。たまたま信号の前に止まった時道路の向かい側に懐かしいものを見たのです。よく見るとそれはなんと東京で絶滅しきって化石さえ見つからない、あの東京チカラめしだったのです。

 私はその神社の祭りに飾られる提灯のような、どこか懐かしいオレンジ色の看板を見て、灯りに誘われるがままにチカラめしへとフラフラ歩いていきました。だけど店の前に立った途端急に緊張してきたのです。東京どころか日本中から姿を消したチカラめしが大阪に残っているとは風の噂に聞いていましたが、この不意打ちの登場には驚かざるをえません。ああ!あのチカラめしがこんな所にあったとは。チカラめしは学生時代の時よく食べたものです。あの頃どこにでもあったチカラめし。私にとっては吉野家やすき家よりずっと慣れ親しんでいた店でした。それが今再びこの大阪で見る事ができるなんて。私は勇気を出して自動ドアのボタンを押して中に入りました。そしてカウンターの席に座って注文したのですが、外国人の店員さんに券売機で食券買ってと注意されました。昔私がよく通っていた店では店員さんに直接注文したものですが、今の飲食店はどこもかしこも券売機です。私はこの事に時の流れを感じて切なくなりました。

 券売機のチカラめしのシンボルメニューの焼き牛丼の券の値段を見たら590円でした。たしか昔は290円だったはず。これを見て私は時の流れを感じて切なくなりました。貧しかったけど充実していた青年時代。だが今は貧しいだけで何もありはしない。まるで今の日本そのものだと感傷的な気分になりました。買ったチカラめしの並の券を店員さんに渡してからしばらく店内を眺めていましたが、場所は違えど昔とあまり変わらない工場の食堂みたいに殺風景なその店内に私は懐かしさを覚えました。すると白髪頭の小太りの店員さんがこちらに焼き牛丼を持ってくるではありませんか。焼き牛丼を持って来たのが券を渡した外国の方でなく、全く別の店員さんだったのでおや?と思いふと胸のネームプレートを見ました。ネームには店長とあり、名前からするとどうやら日本人のようで、しかもその顔はなんかビリケンさんすら思わせるような見事な関西顔です。店長は私に声をかけて焼き牛丼を目の前におくといきなり話しかけてきました。

「アンタ東京の人やろ?ごっつう荷物持って。旅行か?」

「そうです。ホテルに戻るためにこの辺歩いていたらたまたまこのお店を見つけまして。それでつい……」

「店に入って来たんかい。いや、東京の人結構来るからわかるんや。みんな店に入って来た兄さんと同じ顔するねん。うわぁ〜、懐かしいわぁってなぁ〜」

「はぁそうなんですね」

「おっ、食べるの邪魔してすまんな。大阪製の焼き牛丼やさかい、兄さんの口に合わへんかもしれんが、そこは堪忍しとって」

 店長はそう言うと私の元から去って行きました。私はジッと目の前に置かれた焼き牛丼を見たのです。目の前にあるどんぶりはあの頃そのまんまの焼き牛丼でした。ああ!匂いも全く変わりません。では味はどうなのだろう。店長の言う通り関西風のものなのか。味が合わなかったらどうしようと、不安な気持ちで箸で焼き牛とご飯を挟んで口の中に入れました。

 焼き牛丼を口に入れた瞬間、私は驚きのあまり声を上げました。今食べた焼き牛丼が昔食べていたそれと全く変わらない味だったからです。うまくも不味くもなく、人によってはただ貧乏くさい食べ物でしかないが、何故か妙に愛おしい、あの東京チカラめしの焼き牛丼そのものだったのです。二口食べてもやはりあの焼き牛丼でした。私は三口四口と思い出を噛み締めるように食べました。そうして食べ終わってから私はしばらく空のどんぶりを見ていたのです。

「どうしたんや、やっぱり口に合わんか?」

 先程去った店長がいつの間にか戻って来てました。店長は心配そうな顔で私をじっと見ています。私は顔を上げて店長を見ていいえと答え、そして目頭を熱くしながら言いました。

「いや、口に合わないどころか、これは僕が食べていた東京チカラめしの焼き牛丼ですよ。うまくもないが不味くもなく、だけど何故か妙に愛しくなるあの焼き牛丼そのものですよ」

 店長にそう言ってから私は無我夢中で何十年ぶりの東京チカラめしの焼き牛丼を食べ尽くしました。それから空のどんぶりを万感の思いで眺めました。店長はその私をニコニコ顔で見守っていました。

「だけど……」とつぶやいた時興奮のあまり目頭を押さえました。感情の高ぶって涙が出そうになりました。全く不思議なものです。たかが昔よく食べていただけのものと同じ味のものを食べただけでこんなに心が動くなんて、でも私は自分で心の高ぶりを止められませんでした。

「だけど、東京チカラめしはどうして大阪に残ったんでしょうかね。こんなもの別に美味しくないし、量があるわけでもないし、しかも昔より倍近く値段が上がっている。とてもグルメの大阪人が好んで食べるものじゃないのに」

「それは大阪人の人情や。みんなでこのどこからも見捨てられた東京チカラめしを守ったんやで。まぁ、ハッキリ言ってワイやけどな。東京チカラめしの全滅を守ったんは」

 と店長がびっくりするような事を語ったので私は思わず声を上げました。しかし私はすぐにこれは関西人特有のボケだと思い直し、そのあまりにべたなボケをかました店長のために、自分でも笑いすぎるぐらい思いっきり笑ってあげました。ですが、店長は私が笑ってあげているを見てもニコリともしません。それどころか逆に怒っているようです。私の笑いがあまりにもわざとらしく見え見えだったかったからでしょうか。

「兄さん、何がおかしいんや。ワイは真面目に言っとるんやで」

「せやせや、こいつおやっさんがボケかましとると思っとるで」

 店長の言葉に続いて誰かがこう言いました。見ると店内のお客さんたちがみんなで私と店長の周りを囲んでいるではないですか。

「コラコラ、お前らわざわざ東京からチカラめし食べにきたお客さんになに凄んどんねん。お客さん堪忍してや。コイツらも悪気があったわけやないんや。コイツらは昔っからの客でな。うちの店の事情いろいろ知っとんねん。お客さんまだお時間あるかい?よかったらその事情を話したるわ」

 私は店長が真顔でこう語るのを聞いて先程しでかした事が恥ずかしくなりました。度々大阪に来て、見ず知らずの地元の人たちに渾身のボケをかますが、誰にも突っ込みを入れられない、そんな深い交流をしていた私でさえ関西人に偏見を持っていたのでしょう。私はまず店長とお客さんたちに先程の無礼を謝りました。そして時間は十分にあるので是非事情をお聞かせ願いたいと言いました。すると店長はビリケン顔を満面にさせた笑顔を見せて私に言いました。

「ありがとな。ほな早速話すわ」

 店長がこう言った時、先程店長に私の文句を言った客のオヤジがが急に私に凄んできました。

「お前、耳くそでたこ焼き作れるぐらいよく耳かっぽじっておやっさんの話聞けや。親父さんはな、この店の守り神。ホンマにビリケンみたいな人なんやぞ」

 この客の面白いつもり言っているんだろう的な例えと、喧嘩腰の大阪弁の、関西人のステレオタイプをダブルでなぞったかのようなザ関西人な態度が恐ろしくて身の危険を感じてビビりましたが、店長が私と客の間に入って取りなしてくれました。

「コラ、さっきも言うたやろが、お客さんに迷惑かけたらあかんて。今度やったら出入り禁止やぞ」

「おやっさん堪忍な。コイツがおやっさんと大阪人バカにしとるような気がして腹立ったんや。なんかコイツが大阪人を人情のかけらもないお笑いとお金の大好きなアホやと思っとる気がしてな。確かに大阪人はキンキラキンしたもん好きやし、お笑いも好きや。だけどそないもんより大事なもんをみんな知っとる。それは人情や!」

「わかったからその辺にしとき。お客さん困っとるやないか。お前が顔に似合わず人情家で大阪の町とこの店を愛しているのはわかる。だけど余所の方に当たったらあかんわ。あっ、お客さんすんまへんなあ。コイツはこんな顔しとるけど、大阪LOVEの人情者なんや。堪忍しとってや」

 店長の言葉を受けて客のオヤジが頭を下げて謝って来ました。私も同じように頭を下げて謝りました。仲直りした私と客を見て店長は恵比須顔で微笑んでこう言いました。

「じゃあ、話したるわ。何故大阪に東京チカラめしが残ったか。長い話になるけど堪忍してや」

 店長はそう言うとしばし口を閉じ、そして語り始めた。

「ワイがこの店の店長になったのは東京チカラめしが天下取って全国をブイブイ言わせてたころや。ワイはこの店でアルバイトで入って店長にまでなったんやけど、実は東京チカラめしの牛丼嫌いやったんや。都会風吹かしてる割りには全然うまくあらへんからな。他人が作ったものは勿論うまくないし、自分で作ったものさえ上手くなかったんや。なぁ、兄さん。アンタさっき言うたやろ?焼き牛丼上手くもまずくもないって。ワイも同じようにずっと思っとった。みんななんでこんなけったいなもん食べるんや。都そばでも行ったほうがマシなもん食べられんちゃうかってな。やっぱり屋号に東京ってついてるからみんな騙されて食べるんちゃうかななんて思いながら毎日作っとったわ。だけどそのうちにチカラめしが急に飽きられて次々と店が潰れていくのを見て、そのうちうちもつぶれるんやろなって思った時、今までなんとも思わんどころか、むしろうざいわと思っとったチカラめしが急に愛しくなってきたんや。誰もいない店で一人残りもんで焼き牛丼を作って食べた時、口の中が愛しさでいっぱいになったんや。恥ずかしいけど感動してしもてな、誰もいない店の中で泣いてしもたわ」

 ここで店長は話を止めてぐるっと店内を見てそしてまた話し始めました。

「ワイは正直者やからな。馴染みの客たちにやけどよく冗談混じりでお前こないまずいもんよく食えるなって声掛けとったんや。だからな、この事もおんなじように笑いながら話したんや。するとその馴染みの客たちもわしらもおんなじように思ったわって言うねん。こないもん、食べるもんやなくて腹に詰めもんやって思っとったけど、なんか、店なくなるかもしれへんなって気がし始めてから、急にうまくもなくまずくもないチカラめしが愛しく思えてきたんやってな。その時や。馴染みの客の一人がこんな話をしたんや。『これは東京チカラめし社長の友達の、そのまた友達の知り合いの、そのまた知り合いの近所の人の、そのまた友達の知り合いの、そのまた知り合いから話を聞いた人が喫煙所で立ち話し人をしているのを立ち聞きしてた人から聞いたんやけどな、東京チカラめしの社長は天下取ったるっておかんを一人故郷に残して薄っぺらなポスト持って田舎から花の都大東京に上京したんや。ポケットには小銭しかなかったらしいで。そして吉野家とかすき家とかいろんな牛丼屋でバイトして自分の店持つためにしこたま金溜め込んだんや。そしてとうとう自分を持てるようになった。社長は自分の店の名前を上京する前から決めてたらしいで。毎日オカンの作ってくれた飯からもらった力で東京に花を咲かせたる。東京チカラめししかないやろってな。社長は一号店の開店日に号泣して挨拶さえ出来なかったっちゅう話や』ってそいつは話したんやけどワイそれ聞いて思わずもらい泣きしてしもたんや」

 店長の話を聞いて私ももらい泣きしそうになりました。店長のチカラめしに対する想い、そして田舎者のチカラめしの社長が東京で夢を叶えて、東京チカラめしの一号店を建てるまでの感動エピソードはずっとチカラめしを食べてきた私の胸を打つものがありました。

「まぁ、そんなこんなでうちの店は相変わらず営業してたんやけど、その間も他のチカラめしはドミノ倒しみたいに立て続けに潰れていってな、とうとう東京の店まで潰れてしもたんや。いつの間にか残っとるのはうちの店だけになってしもたんや。ワイの人徳で売り上げは全国トップでな。表彰状何回も貰ろてるけど、だけどいくらうちだけが頑張ってもどうにもならん。もう東京チカラめしあかんてニュースでも流れとるし、クビになった店長仲間もお前も早く別の働き先さがせなんて会うたんびに言っとったわ。もう潰れるのは確実。さすがのワイも就職を考えてた頃や。本社から電話で社長がうちの店に来るって連絡来たんや。電話でその事知らされた時ワイはこれはもう完全にやめるからうちに挨拶に来るんやってわかったわ。せやかて会うっちゅうても、社長に会った事もないし、顔もしらん。人となりやてさっき話した客が言うた事しか知らん。どないしたらええんやって思っとるうちに社長がくる日になってしもた。その夜、社長は閉店した店の前にロールスロイスで現れたんや。まぁ成金趣味そのまんまや。ワイはいけすかん野郎と思いながら自分と一緒に待っていた本社の連中と一緒に社長を出迎えた。ところが車の中から出てきたのは、外車と着ていた高そうなスーツがまるで似合わない貧相なあんちゃんでな、なんかぬいぐるみきてマリオカートしとるオタクみたいにしょぼくれとんねん。ワイはそいつを店に案内してな、わざわざご足労いただきありがとうございますぅって似合わない敬語で挨拶したんや。だけど社長は相槌打つだけで碌にワイの顔も見いへん。社長はさっさと用事済ませて帰ろみたいな態度露骨に出してな、軽く店を見回してからめんどくさそうにこう言ったんや。『東京チカラめしはもう終わりや。今の状態じゃとてもやってけへん。せやから最後に残ったこの店ももうじき閉店する。閉店日は本社で決めてから伝えるからあとはよろしゅう。今までホンマにありがとう。こない事なって申し訳ない。ほな忙しいからこれでな』。たったこれだけや。これが自分が立ち上げた店を最後まで支えてきたワイに対するクビの通達や。ワイはこう言った時の態度に腹が立ったんや。だけどワイに対する態度に怒ったんとちゃう。社長の何もかもあきらめきった投げやりな態度に怒ったんや。ワイはその時いつかの客が言うた事を思い出したんや。オカンを田舎に置いて薄っぺらなボストンバック一つで花の都大東京に向かって念願の店を開けた。一時は吉野家とすき家に並んで天下まであと一歩のところまで来とった。せやけど今はもう風前の灯や。一時は俺が信長やって威張ってたのに、いつの間にか貧乏公方の足利義昭になってしもたんや。せやけどワイはその投げやりな態度の中に社長の未練を見たんや。まだあきらめられへん。でももうどうしようもないんやってなっさけない顔で口すぼめとんのがな」

 私は固唾をのんで一心に店長の話を聞いていました。店長の話は某国営放送でやっている番組のようにドラマティックでした。私はこのあり得ると言いたいけど絶対有り得ない話を聞いて、なんか現実と夢の境目がわからなくなるような錯覚を覚えました。だけどこれは1%現実なのです。

「ワイはその投げやりなしみったれた態度に我慢できなくなって思わず店を出て行こうとしていた社長に怒鳴りつけたんや。『おい、待ちいや!お前これで全部仕舞いにするんか!』。ワイが社長怒鳴ったんでみんな大騒ぎや。幹部連中はワイにはよ謝りやなんて抜かすけど怒りのビリケンのワイは止まらへんで。ワイは口を塞ごうとしてくる幹部を退けてまた社長を怒鳴りつけたんや。『ワイは社長のお前に聞いとるんやないで!チカラめしで天下取るために田舎に母ちゃん置いて花の都大東京目指したお前に言っとるんや!お前はチカラめしで天下取るんやないんか!やのにちょっと飽きられたぐらいでもうやめる言うんか!お前の夢はそない意気地のないものやったんか!田舎のオカン泣いとるで。チカラめしで花の都東京行って天下取ったるわって言って村を出て行ったのに、東京追い出されたからってすぐ涙目でもう店やめるねんとか不貞腐れるような情けない奴に成り下がったんやからな!お前今オカンに会えるか?会えへんよなぁ〜。結局チカラめしで何も夢叶えられへんかったもんなぁ!』って思いっきり怒鳴ったんや」

 もはや国営放送のドキュメンタリーどころか一時凄く人気を博した熱い企業ドラマでした。私はこれは本当に現実なのかと頬を抓りたくなりました。しかし繰り返しになりますがこれは1%現実の出来事なのです。

「社長はワイの説教にびっくりした顔で棒立ちになっとったんや。なんでお前ワイのことそんなに知っとんねんって顔しとってな。せやけどしばらくしてから社長顔真っ赤にして叫んだんや。『何で社長の俺がお前みたいなオッさんに説教されなあかんねん!何が三日天下で東京追い出されて不貞腐れたや!人の気も知らんで偉そうなこと抜かすな!俺かてやめたくてやめるちゃうねん!俺が東京チカラめし立ち上げるのにどんだけ苦労したと思うねん。チカラめしで天下取るために田舎にオカン置いて店の資金作るために寝る間もなく働いたんや!東京チカラめしを立ち上げてからも俺は店を人気もんにするためにどないしたらええかいろんなとこに掛け合うてたんや!大体お前らが作っとる焼き牛丼のレシピやて俺が全部作ったんやないかい!だけどそんだけ頑張っても東京チカラめしは天下取れんかった。いろんな所の店が潰れ完全に東京からも見放されてしもた。結局残ったのは大阪のこんなしょぼくれた店だけや!これじゃもうあかん!東京なんて夢のまた夢や!オカンには勿論悪いと思っとる!天下取ったらその時こそオカンを東京に迎えたるって吹かしたくせに結局天下取れず迎えるどころか一度も招待せんで終わった!もうダメなんや!俺はもう終わりなんや!』って言って社長いきなり床にへたり込んで号泣したんや」

 そこで店長は肩にかけていた手拭いで顔を拭いました。店長は話の中の情景を思い浮かべて目頭が熱くなったのでしょうか。私は話がいよいよクライマックスまで来たのを感じて体が震えるのを感じました。何回も言いますが、この本当にあったと言いたいが、だけど決してありはしない話は1%本当にあった出来事なんです。

「社長はそのまんまずっと号泣しとった。号泣しながらガキみたいに俺は終わりなんやって何回も喚いていたんや。周りの連中は誰も社長に声かけられへんかった。ワイはその社長を見てこいつを助けなあかんて思ったんや。大阪人の性が出てしもたんや。大阪は人情の町。困ってる人がいたらほっとけん。いくら自分を首にしようとしとる人間でも、可哀そうな奴は助けなあかん。だからワイは社長に声かけたんや。『社長、いまから焼き牛丼作るからテーブルで待っとれ。アンタの満足する焼き牛丼やないかもしれんが、大阪でみんなの食べとるもんや。それなりに美味いと思うで』。すると社長起こるどころか大人しゅうワイの言う通りにテーブル席に座ったんや。みんなこれに偉くびっくりしとった。あとから聞いた話やけど、社長は日ごろからブイブイ言わせとる人でなんかあるとすぐ社員に当たり散らすような人やったんや。そんな人が一店長の言うことを大人しゅう聞いたんやから。で、ワイは社長のために日ごろ作ってる焼き牛丼そのまんま出したんや。勿論忖度なし。他の客に出している焼き牛丼と全く一緒や。社長目の前に出されて焼き牛丼見て鼻啜りながらしばらくじっと見て、そして食べたんや。みんな焼き牛丼食べる社長を緊張しながら見守ってた。ワイも勿論緊張して、そのせいで汗が琵琶湖のダムが決壊するほど流れて床をびしょびしょにしてしもたわ。社長は食べ終わってからしばらく俯いたまま黙っとった。だけどまた泣き出して言ったんや。『この焼き牛丼ずっと昔に俺が作ったのとまるで一緒や。何年振りやろ。もともと自分で作ってたものなのに全然食べてへんかった。金持ちになってからずっと高級料理食べて、自分の店で出してるメニュー残らずこんなものウチのペットでも食わんわいってバカにしとったんや。だけど、だけど美味いわ!ああ!きっと俺は成り上がってからこの美味さを忘れて調子に乗って三日天下に浮かれとったんや!なんてバカだったんや俺は!調子に乗って自分の一番の一番大事な物を忘れてしもたんや!なんで今の今まで自分を振り返らなかったんや!もう全部終わるって時に一番大事な物に気づくなんて!みんな堪忍してくれ!東京チカラめしが潰れるんは全部俺のせいや!俺がみんな潰してしもたんや!』。社長は涙ながらにワイたちに謝ったんや。ワイは涙流して謝る社長を見ていてなんか息子か年の離れた弟みたいに思えてきたんや。ワイは家族にそうするように社長に声をかけた。『社長、まだ東京チカラめし続けたいんやろ。まだ夢をあきらめたくないんやろ。だったらこの大阪からまた東京を目指せばええやないか』『でも俺が東京チカラめし続けてもお客さんが来なかったら終わりやねん』アホ抜かせとワイは社長ツッコミを入れたんや。『アンタうちの客の顔見たら客来ないなんて言えへんで。店に入ってチカラめしのメニュー食べる客はみんな笑顔になるねん。笑顔で満腹になったわって言って店を出て行くねん。アンタの作った東京チカラめしには東京じゅうを漲らせる力があるねん。これからもう一回巻き返しや。あの徳川家康だって三方ヶ原でウンコ漏らして死ぬほどの大恥かいたのに天下取ったやないか』。このワイの言うことを聞いて社長は涙で顔をぐしゃぐしゃにして何度も頷いとったわ。そして社長がみんなにこう言ったんや。『俺やっぱり東京チカラめし続けるねん。このオヤジさんがいってた通りや。失敗したらまたやり直せばええんや。さっきこの人が作ってくれた焼き牛丼はこの汚れ切った俺にチカラめしを始めた頃の純粋だった昔の自分を思い出させてくれた。あの頃俺は邪念を持たずただ焼き牛丼を全国のみんなに届けるために東京で店を開くって頑張ってたんや。今もう一回東京チカラめし立ち上げた頃に帰ってもう一回この大阪から天下を目指すんや。みんな心配させてごめんな。もう俺やめるなんて言わへん。今から巻き返しや今度こそ東京チカラめしは天下取るんや!』。この社長の言葉を聞いて幹部連中もみんな泣いたわ。ワシも大泣きした。社長の言葉に感動したのもそうやし、あとさっきまでしょぼくれとった社長が堂々と語ってる姿見て、息子の成長を目の当たりにした親みたいな気持ちになってたまらなくなったんや。社長はその後ワイの手を握ってこう言ったんや。『ありがとな、アンタのおかげで目が覚めたわ。俺、わからんけどアンタに叱られている時、親父に説教されとる感じがしたんや。実は俺生まれてすぐ親父亡くしてオカンと二人だけで生きてきたんや。だからオヤジってもんを知らんねん。だけどアンタに叱られた時、初めてオヤジってどないもんかわかったんや。アンタをオヤジって呼んでええか?』。ワイは勿論ええよって言ったわ。すると社長はワイを抱きしめてこう言ったんや。『オヤジ、おれアンタのために絶対東京チカラめしで天下取ったる。だからその時まで一緒に頑張ろうな!』。店内にいた人間はみんな号泣しとった。さっきまで辛気臭い顔しとった幹部連中も、店員も、そしていつの間にか店に入って来ていた常連客たちもや。みんな夜通し泣いて朝方にでみんなで焼き牛丼食べたんや。あの夜の焼き牛丼はホンマに美味かったわ。これでワイの話は終わりや。この通り大阪の人情が東京チカラめしを救ったんや」

 話が終わった頃には完全に号泣してました。なんて感動的な話なのでしょうか。この店長のような真の大阪の人情の持ち主が、店を潰そうとしていた社長を改心させて東京チカラめしを見事救ったとは。こんな事東京では絶対に怒らない、いや現実には絶対に起こらないのです。全く奇跡的としか言いようがありません。見ると周りのお客さんやその後ろにいた店員さんたちも号泣しています。お客さんたちは泣きながら口々にこう言っていました。

「ほんまにおやっさんのおかげや。おやっさんは東京チカラめしと社長を大阪の人情の力で守ったんや!」

 私はその大阪の人情の力で、東京チカラめしを廃業の危機から救ってくれた店長、いやこのビリケンさんによく似たおやっさんへの感謝の気持ちでいっぱいになりました。琵琶湖のダムも決壊するほど感情が溢れ涙だけじゃ収まりませんでした。私は我知らずおやっさんをまっすぐ見てそれからカウンターの板に頭がぶつかるほど頭を下げていました。

「おやっさん、東京チカラめしを救ってくれてありがとう!あなたのおかげで僕まで救われました!」


 その翌朝、私はなんばの駅から始発で関空へと向かいました。昨夜は結局朝方まで東京チカラめしにいたので一睡もしていません。おやっさんとお客さん達はなんばへと向かう私を手を振って見送ってくれました。ああ!なんて素晴らしい人たちだろう。この大阪の人情を持っている人たちがいるから東京チカラめしは救われたのだろう。私はおやっさんたちに必ずまた東京チカラめしを食べるために帰ってくると誓いました。東京チカラめしはそれまでおやっさんたちが守ってくれる。いや、もしかしたらおやっさんを始めとした人情味溢れた大阪の人たちの頑張りで東京に店が出来るかもしれない。

 飛行機の中でふと窓を見ると大阪の町が遥か彼方に見えました。目を凝らしてよく見るとなんと町の中に東京チカラめしのオレンジの看板が燦然と輝いているではないですか。私はその遠近法と距離と高度と雲を、その他いろんな世間の常識を超えて突如浮き出てきた看板を見て東京チカラめしの未来は明るいと確信しました。


 これでこの記事は終わりです。皆さんはこの大阪の東京チカラめしのお店の話を信じがたいと思うかもしれませんが、繰り返し書いているようにこの感動的な出来事は1%真実の出来事です。

追記:東京チカラめしが2024年やっと東京に帰ってきました。新店舗は九段第2合同庁舎 地下1階にあるそうですが、これは99%事実です。




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