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《連載小説》おじいちゃんはパンクロッカー 第十三回:二度目の大喧嘩

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 電話を切った途端に疲れがどっと来た。露都はマー君の父との電話の内容を思い浮かべて思わず舌打ちした。全く垂蔵の奴は本当にどこまでも湧いて来る。全然関係ないと思われた所にもこうやって出て来る。全くアイツはウジかなんかか?いやそれともがん細胞か?しかしそう思った所で彼は慌てて頭を振り、また舌打ちした。

 全く今日は厄日だ。上司からの強烈な嫌味、サトルの喧嘩沙汰、そして今の息子の喧嘩相手の父親。結局全部垂蔵絡みじゃねえか。そしてこれから家に帰ったら俺はもう一度垂蔵に関わらなきゃいけなくなる。露都はサトルの顔を思い出して陰鬱になった。でもちゃんと向き合わなくちゃいけない。これから俺はサトルに垂蔵の事を全部話してやるつもりだ。奴があの子の思っているようなカッコいいヒーローじゃなくてパンクロックなんてクズの塊みたいな音楽をやっているクズ中のクズみたいな人間なんだって事を。サトルは子供だから俺が何を言っているかわからないだろう。だけどそれでもあの子は俺の子供だ。長い時間をかけて話してやれば絶対にわかってくれるはず。とにかく今日で仲直りをして、明日は久しぶりにサトルのスイミングスクールに付き添ってやろう。明後日は公園でも連れて行ってやろう。いや、なんならディズニーランドでもいいか。そういえば家族でディズニーランドなんか言った事なかったな。いや、俺自身全く行った事ないんだけど。とにかく絵里任せにしないでサトルに対して父親らしい事ちゃんとしなくちゃ。

 露都は家路へと向かっている最中ずっとこんな事を考えていた。だけど家が近づくにつれてだんだん足取りも重くなってきた。全くサトルと話すのは、上長と顔を突き合わせるより遥かに緊張する。あの子はちゃんと俺の話を聞いてくれるだろうか。いや聞かせなきゃいけない。それが父親としての俺の役目だ。露都はとうとう家の玄関の前に立った。それから一息ついてドアベルを押した。

「おかえりなさい」の声と共に絵里が出てきた。露都は絵里に向かって軽く頷き靴を脱いで家に上がってから「で、サトルは?」と聞いた。すると絵里は渋い顔をしてサトルが自分の部屋にいると言い、続けて彼にマー君の所に電話したかと聞いてきた。露都は電話して両親と話したと答え、続けて相手が大して怒ってなくて安心したと言ったが、その時さっきのマー君の父親との会話を思い出して、もしかしてお前あっちの親にサトルのジャンバーのこと話したんじゃねえだろうな詰め寄った。すると絵里が「なにいきなり訳の分からない事言い出すのよ。確かにマー君パパがサトルのジャンバー気になってたみたいだけど、私何にも話していないからね」と言い返してきた。しかし彼女はそこで言葉を切り、サトルの部屋の方に顎をしゃくって言った。

「で、今日こそサトルと仲直りしてくれるんだよね?あの、電話でも言ったけど絶対にサトルを叱らないでよ。ジャンバーの事はもう終わった話なんだから」

「ああ、わかってるよ」

「何よその気のない返事は。ちゃんと私と約束してよ!私はあの子の母親なんですからね」

「ああ!わかりましたよ。俺もサトルの父親だ。絶対サトルを叱らんしあいつの目だって覚まさせてやる」

 露都はそう言うとまっすぐサトルの部屋に向かったが、絵里はその露都の後ろ姿を見てため息をついた。

「ホントに大丈夫かしら」

 そうして露都はサトルの部屋の前に立った。だがいざこうして息子と話そうとするとなかなか言葉が出なかった。彼は普段自分がいかに今まで子供とろくに会話していなかったか思い知った。普段から会話していたらこういう時迷わず話しけることが出来るはずだ。だが自分は忙しさにかまけてろくに会話していなかった。だからいざこうやって向き合おうとすると碌に言葉も出てこないのだ。ああ!もうめんどくせえ!とにかく話しかけりゃいいんだ!と露都は頭を思いっきり振って目の前のドアを見た。部屋からは何の音もしなかった。本当にいるのだろうか?もし窓から外に出て行ったとしたら……。彼は不安になって子供がいるか確かめようとノックをした。

「サトル、お父さんだ。いるんだろ?今日は話があるんだ。お願いだから部ドアを開けてくれよ」

「開けない!ジャンバーも渡さない!」

 部屋の中からサトルが子供らしい悲痛な声で叫んだ。露都はサトルがいたことにホッとしたが、こののっけからの徹底的な拒絶に怯んだ。だが今日こそこの子と仲直りしなくちゃいけない。明日がある明後日もあるなんて能天気に考えていたら、結局は一生仲違いしてしまう。露都はふと垂蔵の顔が頭に思い浮かんだ。だが彼はそれをすぐさま頭のゴミ箱に投げ煤て、再びドアに向かって話しかけた。

「いいかい?サトル。お父さんはサトルがあの酷すぎるジャンバーを着たせいで、マー君に揶揄われて喧嘩になったことなんかどうこう言うつもりはないんだ。ただ仲直りがしたいんだよ」

「何が酷すぎるジャンバーだよ!おじいちゃんがボクにくれたカッコいいジャンバーなのにさ!仲直りなんて嘘つかないでよ!どうせボクがドア開けたらこのジャンバー盗むつもりだろ?もう早くそっから出て行ってよ!」

 さっとよりも遥かに激しい絶叫だった。露都は我が子の甲高い、痛ましさすら感じる声に思わず目をつぶった。彼は今までこんなサトルを見たことがなかった。多分絵里はこういうサトルを何度も見ているだろう。彼女はよくサトルと喧嘩したことを話していたから。露都はなんとかドアの向こうのサトルに届くようにさっきよりも声を上げた。

「だからそんなもの着てちゃダメなんだよ!サトルはおじいちゃんがどんな人か知らないからそんなことが言えるんだ。いいかい?おじいちゃんはいい人じゃないんだよ。今からお父さんが話してあげるからよく聞いて……」

「うるさいんだよ!おじいちゃんの悪口なんか聞きたくないよ!お父さんはどうしてそんなにおじいちゃんが嫌いなんだよ!」

「サトル、だからお父さんが今からそれを話すって言っているんだよ。よく聞きなさい。おじいちゃんはね……」

「うるさいって言ってるだろ!お父さんの話なんか聞きたくないんだよ!いいから早くあっち行けよ!」

「サトル!いいからお父さんの話を聞きなさい。お父さんはサトルがどうしておじいちゃんを嫌うのかって言うから全部話そうとしているのに、どうして話している側から聞きたくないなんて言い出すんだ。矛盾しているじゃないか!」

 絵里は露都とサトルのこのちぐはぐなやりとりをみて思わずため息をついた。「ダメだこりゃ。全然会話になってないわ」

「ああああ〜っ!」と突然部屋の中から耳をつんざくほどの絶叫が聞こえた。そしてわあああ〜んと泣き叫ぶ声が後に続いた。サトルがとうとう泣き出してしまったのだ。

「なんでなんだよ!なんでなんだよ!お父さんはどうしておじいちゃんをそんなにきらうんだよ!おじいちゃんボクに来週の土曜日にコンサートやるからお父さんも連れておいでって言ってくれたんだぞ!お父さんとも仲良くなりたいってボクとお母さんの前でなんかいも言っていたんだぞ!それなのに、それなのに!」

 露都はこのサトルの話を聞いて愕然とした。サトルの言っていた垂蔵の楽しい事というのは明らかに垂蔵のバンドサーチ&デストロイのライブの事だ。彼はサトルから思わぬ話を聞かされて衝撃のあまりドアの前に立ち尽くした。ドアの向こうからはサトルの泣いている声が聞こえている。立ち尽くす露都の方を後ろから絵里が軽く叩いた。

「しばらくサトルはほっとこ。私が様子見ておくからさ」

 露都は絵里に向かって頷き深いため息をついた。そして彼女にこう言った。

「サトルが落ち着いたら書斎来てくれないか。お前に聞きたい事がある」

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