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図書館での出来事

 別に図書館に用があったわけじゃない。ただなりゆきで図書館に入ってしまっただけだ。僕と彼女はもう限界だった。互いへの不信と幻滅が積み重なりどちらかが別れを切り出すのを待っているような状態だった。こうして会っているのも別れを切り出すタイミングを測るためだけのようなものだった。だけどいざ会うと互いになかなか別れを切り出せない。恐らくそれはこころのどこかに残る未練のせいだろう。というわけで僕らは今日も言葉も交わさず街を歩いてとあるテナントビルに入ったのだが、その時目の前にあったビルの施設案内に図書館が入っているのを目にしたのである。僕はビルに図書館があるなんて珍しいなと思い、思わずつぶやいた。

「商業ビルの中に図書館があるなんて珍しいな」

 すると彼女が珍しく話しかけてきた。

「せっかくだから寄って行かない?」

 そんなわけで今僕と彼女は図書館にいる。たまたま空いていた椅子二つのテーブル席にただ無言で座っている。だけど何故彼女は図書館なんかに来たいと言ったのだろうか。僕らは仲の良かった頃だって図書館の類には一度も来たことがない。彼女はどうか知らないが、僕は図書館には社会人になってから全く来ていない。そんな図書館に来て彼女はどうしようというのか。ここで別れを切り出すことに決めたのだろうか。だけど図書館は別れのシュチュエーションにしてはあまり適当な場所じゃない。図書館は基本的に本を読む場所だ。今いる図書館にだって私語厳禁の張り紙が至るち所に貼られている。こんなところで別れ話なんて出来るはずがない。

 彼女が突然本を読みたいからちょっと探してくると言い出した。僕は頷いて荷物を見ておくよと答えた。彼女はやっぱりここで僕に別れを告げるつもりなのだろうか。彼女は立ち上がって本を探しに出てゆく。僕はその後ろ姿が急に愛しく思えてきた。

 やがて彼女は戻って来た。僕は彼女にどんな本持って来たのと聞いた。すると彼女は本の表紙を突き出して来た。『別れる理由』というタイトルだった。そのものズバリだった。これが彼女流の別れの切り出し方なのだろうか。僕は彼女のやり方に対抗して自分も本を持ってくると言って席を立った。そしてテーブルに戻ると彼女に僕が持って来た本のタイトルを見せた。『藤田寛之 ゴルフの結論 : 40歳を過ぎてから上手くなる!』僕は読書家じゃないからろくな本をセレクトできないがこれでも僕の言いたいことはわかるだろう。それが君が僕らの二年間について出した結論なのかい?ハッキリ言ってくれよ。彼女は僕の本のタイトルを見るとすぐに席を立って本を探しに行った。そしてすぐ戻って来て席に座ると彼女は今取ってきた本を突き出してタイトルを見せた。『「わからない」という方法』何がわからないのだろうか。タイトルにはちゃんと答えが書いてあるじゃないか。僕は頭にきて席を立つと図書館中を歩き回って誰でもわかるようなタイトルの本を探した。そしてようやく見つけるとテーブルの彼女に向かってこれでわかるだろ?と突きつけてやった。『パソコンを隠せ、アナログ発想でいこう!―複雑さに別れを告げ、“情報アプライアンス”へ』この事を言っているんだろ?今君は僕と別れたいって言っているんだろう?僕は彼女を穴が開くほど見た。彼女は僕の持って来た本のタイトルを見ると深いため息をついて席を立った。今度彼女は決定的な別れの言葉が入った本を持ってくるだろう。フン、君の気持ちはわかったよ、僕も同じ気持ちさ。彼女はいくらもしないうちに本を持って帰ってきた。そして本を叩きつけるように置いて靴音を立てて去って言った。彼女が最後に持って来た本は次の二冊であった。

『イワンの馬鹿』
『バカカイ』


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