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ふとーこーエッセイ【3】こまらせて…ごめん


「こまらせて…ごめん」


「今日は…胸んとこが痛いんだって?」
「・・・」
ゴッドの問いかけに、息子は黙ってうなずく。

今日も白衣は着ていない。
ポップな色のパンツに、
おしゃれ柄のワイシャツをサラリと着こなしている。

「だいじょうぶよ〜
どんな感じか、お話し聞かせてくれる?」
そう言ってゴッドは、
息子の名前を縮めて、ちゃん付けで呼んだ。
「お母さんも心配だったね、さ、ここ座って」

小学校の高学年になってからは、
病院にかかることは、ほとんどなかった。
息子がここで診察を受けるのは、3年ぶりくらい。
なのに、年に何度も会っているような、
親しみやすい距離感だった。

聴診器で胸の音を聴いている。
背中にも当て、念入りに聴いている。
手を握って脈をとり、耳の後ろを優しく両手で包みこむように触れ
リンパのあたりを確かめながら、
どこがどんなふうに痛いのか、じっくりと息子の話を聞いている。

「うん、胸の音は大丈夫ね。ま、念のためレントゲン撮っておこう」
「お母さん、廊下で待っててくれる?」

レントゲンを撮っても、きっと大したことはわからない。
ひどい肺炎になれば、真っ白く写ると誰かから聞いたことがあったな。
あとは、骨のヒビとか、その程度だ。

いわれるがまま廊下で過ごし、ほどなくして診察室へ戻る。
案の定、レントゲンに異常はなかった。

「キリキリするなんてなぁ、初めてで不安だったろう?」
「はい」異常がないと聞いた息子は、ほんの少し安心した表情で答えた。

今度は私を見て
「お母さんも不安だったでしょう?」と微笑む。

ゴッドのいる診察室は、
彼のオーラと言葉の力によって、全体が温かい空気に包まれていて
私たち親子ごと、やさしく包んでくれていた。

「実は今日、中間テストの初日で…でも…休んじゃったんです」
私は、聞かれもしないことをしゃべり始めてしまった。
体とは関係ない話を聞いても、彼は柔和な表情を変えなかった。

「そうかそうか。試験、休んじゃったか!
いいんだよ、学校ってとこはね、行きたい人が行けば(笑)
えーっと14才か…人生これから何十年もあるのね
楽しいことがね、た〜くさんあるんだから!
僕ぐらいになるとね、学校に行ったとか行かなかったとか、
そんなこと関係なくなるんだよ(笑)。
お母さんも、そんな思い詰めた顔しないで、だいじょぶ、だいじょぶ。」

ゴッドは、東大の医学部出身。
前に、壁の額が目に入り、何となく覚えていた。
年は60代半ばほどに見える。

その後も、自分の中学生のころの話や、高校では勉強はできる方じゃなかったけど、きっかけがあって医者をめざした話なんかを、徒然と語ってくれた。
息子はゴッドの目を見て、しっかりと話を聞いている。
彼の心には、どんなふうに届いたのだろうか。


待合室はいつもより空いているとはいえ
何人もの患者さんが待っている。
こんな世間話に付き合ってくれるから
どんどん待ち時間は長くなるのだ。


気づけば、私の目からは、涙が流れていた。
私は泣き虫だ
大人のくせに
この涙の意味はなんだろう


そんな私を、複雑な表情で
息子が見つめている。


「こまらせて…ごめんね」
言葉にはしないが、わたしにはそう言っているように思えた。


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