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すなおな言葉

 公園のベンチに座る女性に気がついたのは、十数分は前であった。ベンチに座ってから微動だにせず、心なしか、泣いているように見える。私は触れてはいけないような気もして、けれど気にもなってしまい、娘を見ながらも ちらちら そちらを見てしまっていた。

 娘はそんなこと意に介さずに、夢中になって遊具で遊んでいる。

「ねーねー、おかーさん、みてー」

 トンネルに入っては隠れて、声だけを聞かせたり、手招きをしたり、とても楽しそうだ。

「見てるよー」

 私も笑顔を振り撒きながら手を振って返す。

 春に向かっている分、日中の日は暖かく、空気も気持ちのよさがある。風が冷たいときはあるけれど、今日はそんなこともない。

 娘が私のところに戻ってくる。そろそろ帰ろうか、と思い、何気なくベンチを見る。まだ、女性はいる。

 どのくらい、私は立ち止まってしまったのだろう。気がつけば娘はベンチのほうに走っていた。私は視界にその姿を捉えたが、すぐに体が動かなかった。そうしてはっきり認識したときには、娘はその女性の前にいて、じっと見つめていた。

 私は慌てて駆け寄ろうとして

「ねーねー、おねーさん、なんでないてるの?」

 すると はっとした 女性は顔を上げて娘を見る。泣き腫らした瞳を拭い、笑顔を見せると、

「なんでも、ないよ、気にしてくれて、ありがとう」

 と、かすれた、やさしい声をかけてくれた。

 私は娘に駆け寄って、すみません、と声をかける。

 いいえ、といって立ち去ろうとした女性に、娘は

「そっかー。でも、かなしかったなら、ないていいんだよ、って、せんせーもいってたよ。でも、あしたは、しあわせになれたら、いいね」

 たぶん、すなおに、感じた言葉を、教わった言葉を、伝えていた。

 女性は ぽかん 娘を見つめると、しゃがみこんで目線を合わせ、頭に手を置く。

「うん……うん。ありがとうね」

 それは、先ほど見せた笑顔と違い、晴れやかなものに、見えた。
 
 立ち去った女性を見送ると、娘は、かえろー、と言いながら私の手を引っ張る。私はーー

 私も、自然にこぼれた笑顔を見せると、帰ろっか、と。娘と手をつなぎながら、家に向かって足を進めた。

いつも、ありがとうございます。 何か少しでも、感じるものがありましたら幸いです。