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それは 現実

 いまだ夢の中にでもいるような うつら うつら した眼が映し出しているものは、現実ではないのかもしれない。

 そんなことを思いながら重たい足で朝の準備をし、自転車にまたがる。

 前々日はまったく眠れずに一夜が明けてしまい、昨日はその影響で一日眠気が強かった。かといって、すぐに眠れるわけでもなく、なんとか睡眠をとれたような感じであった。

 小雨とはいえ雨降りの中、かっぱを着て自転車をこぐ。

 路肩を走るさなか、車が横をどんどん通り過ぎていく。風がほとんどないのが幸いで、特に恐怖もない。
 
 それよりも、足の重たさ、まぶたの重たさのほうが深刻なもので、少しずつ覚醒している脳に発破をかけながら、なんとか今日を一日乗り切らなければいけない。

 どんな状態であろうとも、変わらずに一日は始まり、進んでいく。雨の雫が映し出している逆さまの世界を想像しながら、今私がいるこの世界が逆さまの世界ではない、と、どうしたら証明できるのだろう。あぁ、まだ、現実感がないのかもしれないーー

 反射的にハンドルを操作して車道にはみ出し、思わず振り返る。

 路肩の端っこ、縁石に寄り添うように、本当に小さな 小さな 片手に乗るのではないか、と思うくらい ちいさな 子猫が、座りこんでいた。

 体を丸めて眠っているようにも思えたけれど、振り返ったときには顔を少し上げてーー私を見ているように、視線を向けて、いた。

 振り返りながらも自転車の速度を落とすことなく、すぐに子猫は見えなくなった。

 それでも、その姿はこの眼に焼きついて、今でもまだ私を見ている気がする。

 あんなに小さな子猫があんな場所にいる。それは、本当に現実なのかしら?
 そんなことも思ったけれど、それは紛れもなく現実であったに違いない。

 すっかり覚醒した脳裏に、何もできない私は思わず ごめんね とつぶやいていた。つぶやいて、すぐに反省する。

 ごめんね、なんて。そんな上から目線な言葉、望んでいないに違いない。すべからく、命なのだから。そんなものは憐れみだ。そんな言葉より、必要なものは他にある、けれど……。

 どんな状態であろうとも、変わらずに一日は始まり、進んでいく。それでも、同じように一日を終えることはできるのだろうか。

 私はペダルに力をこめながら、もう、振り返ることはなかった。瞳には灰色の空が落ちてくるのが映り、それが現実なのだ、と。深く、呼吸をした。

いつも、ありがとうございます。 何か少しでも、感じるものがありましたら幸いです。