成子正(NARUKO Masa)

古代エジプト学専門で、歴史と宗教に関心があります(英国オックスフォード大学博士号取得)…

成子正(NARUKO Masa)

古代エジプト学専門で、歴史と宗教に関心があります(英国オックスフォード大学博士号取得)。現在、肩書きだけは大学研究員ですが、普段は田舎に住む薄給の会社員でございます。サークルのオンライン講座などで、世代や習熟度を問わず、皆さんにエジプト文明の魅力をお伝えするのが目標です。

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詳しい人もそうでない人も、エジプトに興味のある方大歓迎です。

  • エジプト語初級(講座01)

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マガジン

  • 名所旧跡・お祭サークル

    エジプトとはまったく関係のない愛知県周辺の古い神社、仏閣、城、祭礼、その他観光地などを忘備録よろしくご紹介します。サークルに入ってくれる県内外のお仲間も大募集!

  • 私だけの扉部

    いろんな扉(とびら)の風情をただただ愛でてみます

  • ケメ子の書評

    主に歴史に関する記録文学、研究書、小説などをケメ子が好き放題に感想を述べていきます

  • ケメト・ミラージュ

    このマガジンは、小話から高度に学術的なものまで時々更新する予定です。最新の考古学の動向や、写真なども提供しようと思います。また、ご相談の上、学校関係者さまの教育資料としてのご提供も可能です。写真資料の販売、デザイン画や講演会のご依頼もお受けしています。

最近の記事

エチオピア旅行記(4)ゴンダール

今から何年も前、古い写真の詰まったCD-ROMを整理する前の私は、ぼんやりした記憶だけを頼りにエチオピアのことを紹介するつもりでした。一度きりの記事で終える予定だった書きかけの文章を読み返しながら、写真を「発掘」するうちに、当時の記憶がどんどん蘇って止まらなくなってしまいました。こんな私ですが、今があるのは昔の自分のおかげ。小なりとも、あの旅のおかげでもあります。こうでもしなければ誰の目に触れられることもなかった写真たち。この旅行記はどんどん長くなりそうですが、せっかく撮った

    • 私だけの扉部(2)ラムセス三世のメディネト・ハブ記念神殿(エジプト)紀元前12世紀

      • 『世界ふしぎ発見!』終了

        とうとう終わってしまいます。1986年から38年もの間、TBSで放映されてきた大好きなテレビ番組。夢見がちな私にとって、遠くの知らない世界に毎週末連れて行ってくれる足長おじさんのような存在でした。 放送開始当時、私は小学生でした。仲良くしてくれるお友達がいなかったわけではありません。愛情だって両親にたくさん注いでもらったのです。でも、人より早熟だったためか、日常がひどくつまらないと感じ、自我と向き合うような鬱屈したところがありました。自分からお友達を遊びに誘えない引っ込み思

        • エチオピア旅行記(3)バハルダール

          アディスアベバを離れた私たちは、北へおよそ600km離れたバハルダールへ長距離バスで向かいました。タナ湖のほとりにある都市です。そこからナイル川の支流である青ナイルが始まります(青ナイルにご興味がある方は以前の記事へどうぞ)。当時エチオピアに鉄道はありませんでした。ガイドブックにはバスで一日かかると紹介されていたっけ。記憶が曖昧だけど、とにかく過酷な移動だったことは覚えています。バハルダールへ辿り着くにはナイル川が深く削った渓谷を渡らねばなりません。そのため、標高2,400メ

        エチオピア旅行記(4)ゴンダール

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        • 古代エジプトサークル講座:エジプト語初級(講座01…

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        記事

          エチオピア旅行記(2)アディスアベバ

          2003年12月19日、私はアディスアベバに到着しました。アムハラ語で「新しい花」を意味するこの都市は、見たことのない景色で溢れていました。改めて調べてみると、私が到着したボレ国際空港はその年に新しくなったそうで、確かに近代的でとても清潔でした。当たり前だけど、歩いている人たちも、通りの様子も、空の感じも、すべてがカイロと違います。特に、豊かな街路樹が印象的でした。初めての場所に胸がドキドキします。そうして、食い入るようにタクシーの車窓から外を眺めながら、予約していた安宿に到

          エチオピア旅行記(2)アディスアベバ

          うるう日

          今日2月29日は四年に一度の閏日(うるうび)です。現代人は特別に意識することはないかもしれません。でも、古代の人たちにとって知恵が試される日でもありました。 古代エジプトでも私たちと同じように太陽の動きに基づいた暦が使われていました。つまり、一年は365日で構成されていたのです。しかし、科学的に正確であろうとするならば、実際の一年は365.242189日です。つまり、365日だけの暦では一年ごとに0.242189という端数が積み重なっていきます。これはおよそ六時間に相当し、

          国分寺の鐘(豊川市)

          愛知県豊川市を訪れました。 豊川稲荷が全国的に有名ですが、古代の豊川の中心地は別の場所にありました。政庁である官衙と信仰の拠点だった国分寺と国分尼寺は、西の山手にあったことが判明しています。ここは三河国の中心地でもあったのです。かつての堂宇は礎石以外何も残っていませんが、地元の方々と市が遺跡を大切に守っていることが伝わるとても素敵な場所でした。そして、旧国分寺の継承寺院である国分寺には、奇跡的に鐘だけが残っています。 寺の創建当初の奈良時代ではなく平安時代前期のものと考え

          国分寺の鐘(豊川市)

          便秘薬(古代エジプトからのご提案)

          暖冬で早くも梅が咲き始めた先日、私はいつものように市立図書館にいました。世の中には書店に行くと便意を催す人がいると聞いたことがありますが、私は図書館でいつもそうなります。体に悪いと思いながらも、あ、出そうと感じてから、パソコン作業や読書のキリが良いところまで粘ってしまいます。私物を机に置いたまま席を立つのは嫌なので、荷物をバッグに仕舞ってモタモタする間にお尻がキュンキュンしてきます。いつもはお手洗いに駆け込めばすぐ出るのです。さあ、ようやく便座に座りましたよ。カモンっ! そ

          便秘薬(古代エジプトからのご提案)

          私だけの扉部(1)ダブラ・ダンモ修道院(エチオピア)六世紀(?)

          私だけの扉部(1)ダブラ・ダンモ修道院(エチオピア)六世紀(?)

          ユーフォルビア・アビシニカ Euphorbia abyssinica

          ユーフォルビア・アビシニカ Euphorbia abyssinica

          エチオピア旅行記(1)出発

          毎年、大掃除もせず新年を迎えるズボラな私ですが、今年はお正月をちょっと過ぎてから汚部屋を思い切って片付けました。 ずっと視界に入りながら、見なかったことにしていた埃まみれのCD-ROMにようやく手をつけたときでした。時が止まったように中身の写真を確かめていると、20年前の生意気な自分が語りかけてきたのです。「あら、久しぶり」。これは手強い相手だと思いました。私は家を出て近所にある公立図書館に行き、「パソコンデスク」という名の自習席を借りて整理を始めました。 20年前、私は大

          エチオピア旅行記(1)出発

          古代エジプトのスイーツ

          こんにちは。暖冬とはいえ、今日は冷気が身に沁みました。健康診断に行ったところ、元気の太鼓判を押されました。 何かを定期的に発信することが心の健康にとっても良いことに今更ながら気づいたので、これからはちょこちょこ更新したいと考えています。今年はヒエログリフを書いてみるオンラインの講座にも挑戦してみたいです。講演のご依頼もお待ちしております。ところで、皆さんは柿が好きですか?シャリッと瑞々しいのも、熟れてトロっとしたのも、干して飴のようになったのも、異なった風情が楽しめますよね

          古代エジプトのスイーツ

          古代人の素顔

          英国の大学院にいたころ、アルト君というエジプト人留学生と出会いました。一見すると、アラブのごく普通の青年ですが、ちょっと変わった苗字を持っていました。そのことをズボラに尋ねたわけでははありませんが、何かの折に彼が出自を話してくれたのをよく覚えています。彼はアルメニア系エジプト人でした。 エジプトがまだオスマン・トルコの一部だった20世紀初頭、第一次世界大戦が始まります。このとき、トルコはドイツ・オーストリア側で参戦して敗れました。これをきっかけに600年も続いたオスマン朝は

          母神

          母の日ですね。何もしない無愛想な私ですが、お母さんに感謝をこそっと込めて、エジプトの代表的な母神をご紹介したいと思います。母性を司る神はエジプトにたくさんありました。母性というより、もう少し広義の女性性と表現した方がよいかもしれません。特に人気があったのはハトホル、イシス、セクメトの三神でした。 もっとも古くから信仰されていたのは、愛の女神ハトホルです。雌牛がその化身とされ、頭上に角が載ったり(下図左)、牛の耳を持ったり(下図右)する場合もあります。そのような姿は、先王朝時

          太陽神殿と決定詞

          第四王朝(紀元前26世紀)の王たちがギザの三大ピラミッドを完成させたとき、ピラミッドの建造技術は極まりました。エジプト文明がその黎明からたった数百年のうちに、未踏の領域に達したことは驚くべきことです。次の第五王朝(紀元前25〜24世紀)のファラオもピラミッドを建てましたが、すべて小ぶりで、ギザを超えるものはついに現れませんでした。その代わり、彼らは一風変わった建物を考案し、一代に一基ずつ残しました。クフ王のピラミッドが「クフの地平線」と呼ばれたように、エジプトの建造物には固有

          太陽神殿と決定詞

          ただいま

          子供のころ、家に毎日届く新聞を読むのが好きでした。 漢字がすべて読めるわけでもなく、理解の及ばない記事ばかりでしたが、政治記事の次にある国際情勢と最後のページにある社会記事のふたつ、そしてご褒美のようにテレビ欄を見るのが日課でした。小学生から高校生まで続いたと思います。あの頃は毎日きちんと眠れていました。両親からたくさん愛情をもらっていることに気づきも感謝もなかった一方、活字で外国のことを知るのが心地よく、日常を飛び出したい衝動をいつも抱えるヘンテコな子でした。 学校では