81:日本にも貧しい人がいるのに海外支援を選んだ訳
Bonjour!
私は大学生の頃、「途上国の現実を自分の目で見たい」という一心でバイトに明け暮れていました。当時は「時間をお金(学費)で買っている」という認識でいました。
貯金しては海外へ、また貯金しては海外へ…。
カンボジア、カンボジア、インド、中国、マレーシア、タイ、ラオス、フィリピンに足を運びました。時給800円だったのであまり貯めることはできず、アジアばかり。アフリカは航空券が高くて泣く泣く断念した記憶があります。
しかしある時「日本にも困っている人はたくさんいるのに、なぜ自分は途上国の支援がしたいと思うのだろう?」と気付いた時がありました。すぐさま地元のホームレスを支援している団体に連絡をし、翌日に炊き出しのお手伝いをさせていただきました。
炊き出し中、とある男性の「働かなくて済むから助かる」というような発言を聞いてしまいました。
「え?それおかしくないか?」という気持ちで頭がいっぱいに。
男性の過去は分からないし、今思えば「もしかしたら就活しても上手くいかないことが続いて、そういう発言をしてしまったのでは…?」とも思います。しかし、当時の私は「物資の支援より必要な支援は他にある」と思い、その一回きりでその団体を辞めてしまいました。
私は母子家庭で育ったのですが、幼いながら貧乏であることは理解していました。引っ越しした初日は家に何もなくてトースターで暖まっていた記憶があるくらいです。笑 しかし、私も妹も奨学金を借りずに大学を卒業できたのは、母が毎日寝ずに働いてくれたおかげ。「泥棒は頭の中までは奪えないからね」というのが母の口癖でした。ずっと働き詰めなのに家事をサボることはなく、料理も毎日作ってくれたので寂しいという気持ちにはなりませんでした。
そのような経験から「社会のサポートを頼りつつ、ホームレスの方々も努力すればなんとでもなるでは?」と思ってしまったのです。
働き口がなくなってしまった発達障がいの姉妹が役所に駆け込んでも対応してもらえず、餓死してしまった事件があることも事実なので、今は「なんとでもなる」とは思っていません。
しかし、ここは日本なので努力次第で今の現状を改善できる人はいると思います。
一方で、途上国で生まれた人は奇跡が起きない限りその貧しい生活を一生抜け出すことはできません。いくら努力をしたって、学校に行けない子どもたちがたくさんいることに憤りを感じていました。
ベナンにいる今も「悲しい」というより「怒り」の感情が大きいです。国際協力に従事している人はこの「怒り」の感情が原動力になっている人も多いのではないでしょうか?
さらには「現実を知ってしまった以上、無視はできない」という想いもありました。
だから私は日本ではなく、途上国への支援を選びました。と言っても対して何もできていないのですが…。
でもやっぱり日本が大好き。ベナンに来て愛国心が増しています。帰国後は日本を離れるつもりはなく、日本の子どもたちのために頑張ります。
そのためにも人間として少しでも成長できるように、ベナンでの生活をこれからも大切に過ごしていきます。