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愛しているという証明書を首から下げて欲しい


おはよう、スイミー

誰かが私に好意を持ってくれたとき、本当に好意的であるのか確認がしたくなる。


私のことを愛してくれる証明を、「私はあなたのことは嫌いでもないし、どちらかというと好意的に感じていますよ」とデカデカと書いて、社員証のように、首からぶら下げておいてくれたら良いのに。

愛は明確な理由がないともらえないものだと育ったがために、少しねじれた思想を持った大人になった。普段は、フツーと言われる大多数の人々と同じような顔をして生活している。本当は、横並びで突出することを許されない環境下を、息苦しく思っている。

この海に溺れているのは私で、あたりを見渡すと、頑張って泳いで順応できるように見える皆は魚だ。商品化させられて、狭い水槽に入れられたイワシの大群が、綺麗にサークルを描くように泳いでいるようだ。不自由だと感じていても、変な風潮だと理解していても、脱することよりかは痛みが少ないからと一つの柱になる。数匹だけ逆流に泳いでいるが、彼らは同じ品種で、同じカテゴリーとして扱われている。社員証に書かれている組織名を共有して保有するように。右下を見れば、「魚類ニシン目ニシン亜目」と綺麗にラベルが貼ってあった。

正しくは、「○×会社:哺乳綱霊長目(サル目)ヒト科ヒト亜科ヒト族」、組織の柱に入れば、息苦しく思い、一度脱してみれば、どちらにせよ息苦しい。私は違うカテゴリーなのだろうか。

魚ではない何かの私は、息を止めて水中で浮遊しているが、本当はエラ呼吸なんてできない生き物で、水中には適していない。魚でもない。外部装置として酸素ボンベを使用せねば、生き延びられない。

魚にはなれないのだろうか。
私が人間なのか、皆が順応した魚なのか。
皆が人間なのか、私が盲目な魚なのか。

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