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落語家探偵 事件ノオト 第四話 特殊能力

 合理的に説明できねえような超自然的な能力のことを「特殊能力」というんだそうだ。たとえば、スポーツマンや音楽家は、超人的に足が速いとか、耳がいい、という肉体的特殊能力を持っている。看護師や介護士が、患者やケアの必要な人に、献身的に寄り添うことができるのも一種の特殊能力だ。
 探偵にはどんな特殊能力が必要なんだ?
 落語家にはどんな特殊能力が必要なんだ?
 俺にはいったいどんな特殊能力があるんだ? 
 俺の特殊能力を活かした天職に、俺はいつか巡り合うことが出来んのか? 

 そんなことをぼんやり考えながら、愛媛県松山市の道後温泉にゆったりと浸かった後、街をぶらぶら歩いてみる。俺は、ボトルの道後ビールを飲みながら。四太郎は、愛媛県キャラクター『みきゃん』が描かれたプラスチックコップでみかんジュースを飲みながら。

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 ほどなくして水口酒造株式会社(愛媛県松山市道後喜多町3-23)に到着。蔵人、四太郎、鉢五郎の3ショットを撮り、銘酒『仁喜多津』を入手。まあ、のんびり帰るとするか。


                * * *

 尾祖松社長怪死の真相はよく分からねえままだが、既往歴によると高血圧や糖尿病を患っていたこと、ヘビースモーカーで大酒飲みであったことなどが分かった。なんらかの精神的ショックで過呼吸、不整脈が起こり、心臓発作に繋がった、ってことで捜査は幕を下ろしちまった。
 この事件で、俺の四太郎を見る目が大きく変わった。元常連客への聞き込みで、アイツが仕入れてきた情報の濃さはハンパねえ。単に「頭に霧がかかった野郎」だと思い込んでいたんだが、何かとてつもない特殊能力を持っているのかも知れねえ。四太郎の容貌や振る舞いを見りゃあ誰でも、「こいつは馬鹿だ」と思う。相手は安心したり油断したりして、つい本音を喋っちまう。まさに、今流行りの傾聴スキルってやつに違えねえ。
 小料理屋「七草」のカウンターに座ってそんなことを考えながら、お気に入りの備前焼ぐい吞み茶碗で酒を飲んでいると、
「おう、鉢じゃないか。隣、いいかい?」
と、真打で一番弟子の江戸川亭酒乱(しゅらん)兄さんがやって来た。兄さんはキープの一升瓶から特注大ジョッキに手酌で注いで飲む。飲み方ハンパねえ。
「どうだい? 探偵の方は?」
「へえ、この前、こんなことがありましてね…」
 尾祖松社長怪死の一部始終を話し終えた俺は、兄さんに聞いてみた。
「俺は、四太郎ってのはただの馬鹿かと思ってたんですがね、今回の一件で、あいつには何か底知れねえ能力があるんじゃねえかと踏んでいるんでさあ。兄さんはどう思います?」
「四太郎はな、実はコスプレが趣味なんだ。最初はアニメのヒーローだの、ゲームのラスボスだの、そんなコスプレをやってたんだけどね、あいつが中学の頃だったかなあ、女性キャラや動物キャラのコスプレなんかもやるようになって、気が付いたらコスプレじゃなくて変装の達人になってたんだ。あいつ、聞き込みの時に変装してるんじゃないか?」
 な~るほど、合点だ。聞き出す相手によって姿形を変える。男にも女にも化ける。相手に酒を飲ませて、油断させて、良い気分にさせて、ぺらぺらと喋らせる。それが野郎の手口だ。その日から俺は密かに、四太郎のことを『探偵二十面相』と呼ぶことにした。

 兄さんはこんなことも話してくれた。
「あるとき、大学の落研で落語やってました、っていうガタイのでかい野郎が、師匠に『弟子入りさせろ!』って怒鳴りこんで来たことがあってね」
「そんな野郎がいるんですかい?」
「いるんだよ、そんな野郎が。名前は車田牛雄(くるまだ うしお)、鼻息の荒さで突っ走る闘牛みたいな野郎、おまけに牡牛座ときたもんだ。酔っぱらってた師匠が面白がって弟子入りを許しちゃった。そいつが二番弟子の江戸川亭ランボルギーニだ」
 師匠から、二ツ目のランボルギーニ兄さんの事は聞いてはいたが、実際に会ったことは無え。酒乱兄さんが言うには、ランボルギーニ兄さんの噺は、なかなかのもんらしい。ところが、いざ、高座に上がると緊張して鼻息が荒くなる。鼻息がうるさすぎて内容が聴こえねえ。そんなわけで、だんだんと高座にも呼ばれなくなっちまったんだとか。

 話を聞いてた女将の奈津菜さんが口を挟み、
「この人ね、ひどいのよ」
と、酒乱兄さんの悪行を暴露し始める。
 
 奈津菜さんの話はこうだ。
「緊張するから鼻息が荒くなる。緊張しなくなれば鼻息も荒くならないはず」
と考えた酒乱兄さんが、ランボルギーニ兄さんを銀座のクラブに連れて行くことにした。
「これは遊びじゃない。隣に座ったネエちゃんと緊張せずに話せるようになるための稽古だ」
っていう名目だったらしいが、酒乱兄さんはただ飲みたかっただけ。現に、支払いは全部ランボルギーニ兄さんにさせていたらしい。とんでもねえ野郎だぜ、まったく。

 ところが酒乱兄さん、ランボルギーニ兄さんの世話がだんだんと億劫になってきて、ある日、
「急用が出来たんで代わりを頼んだよ。ネエちゃんが座る店に連れて行っておくれ。あと、よろしく」
と言って、自分の代わりを、まだ入門もしてねえ高校生の四太郎に押し付けてドロンした。アニメ、ゲーム、コスプレ事情に精通していた四太郎は、ランボルギーニ兄さんをメイドカフェに連れて行っちまう。幸運なことに、店指名ナンバーワンメイドで、CDデビューもしている地下アイドル、高緒田優(たかおだ ゆう)が付いてくれた。ランボルギーニ兄さんは優に一目惚れ。それから毎日、優に会いたい一心でメイドカフェ通いするようになっちまった。
 そんなランボルギーニ兄さんの情熱に、いつしか優も心を動かされるようになり、メイドもアイドルも辞めて、二人は一緒になることを決意する。
 師匠に結婚の報告に訪れた二人。
「鼻息がうるさくて噺家としては食っていけないので、これを機に噺家を諦めて、真っ当な仕事に就こうと思います」
と頭を下げたランボルギーニ兄さんに向かって、師匠はこう言った。
「おまえは本当に馬鹿だねえ。こんな美人で売れっ子の女房を貰えるんだから、二人で夫婦漫才やればいい。優ちゃんだったかい、おまえさんは今日からうちに入門しなさい」
 こうして誕生したのが三番弟子、江戸川亭花魁(おいらん)姉さんだ。 「おまえたちは売れる。あたしが保証する。そうすれば、あたしも美味い酒が飲める。めでたいねえ」
 それから丸二カ月、珍しく、師匠が二人にみっちり稽古をつけたんだとか。


 師匠が言った通り二人は売れっ子になり、連日のようにテレビに出ている。
「そろそろ出番じゃないかしら?」
と言いながら、店のテレビを点ける奈津菜さん。俺はこのとき初めて兄弟子、姉弟子の芸を観た。
 薄暗い舞台がだんだん明るくなると同時に、桜の花びらがひらひらと落ちてくる。袖から、豪華絢爛な花魁衣装の姉さんが、三枚歯の高い黒塗下駄を外側に蹴りだし、下駄の裏が見える「外八文字」歩きで登場すると会場は拍手喝采。ちょいと首を傾げ、流し目で観客の方をちらりと見た後、
「主(ぬし)さん、おいでなんし」
と言えば、失神者が続出。
 姉さんが真っ赤な大きな手ぬぐいを、ぱあっと拡げると、オペラ・カルメン『闘牛士の歌』のお囃子に合わせて、突進しながら登場するランボルギーニ兄さん。会場は怒号の嵐。姉さん、ひらりと躱す。躱されて、ますます鼻息荒くして、顔を真っ赤にして、ふたたび突進する兄さんの額めがけて、懐刀をドンっと突き刺す姉さん。兄さん、動きがピタッと止まる。ここから、姉さん、いきなり超人的な早口の関西弁でしゃべりまくりたてる。フゴフゴと鼻息だけで、最後までセリフが全くない兄さん…。
 なんとも凄まじい芸じゃねえか。後で気付いたんだが、舞台袖のめくりにはこう書かれていた。
「逢瀬の夫婦漫才 江戸川亭ランデブー」



古典落語『紺屋高尾』より
(了)


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