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落語家探偵 事件ノオト 第五話 掟

 買い物客や通行人が行き交う銀座の高級時計店に、白昼堂々、窃盗団グループが押し入った。ハッカー集団アノニマス風のガイ・フォークス・マスクを被った四人組がガラスショーケースを叩き壊しながら、鷲掴みにした商品を次々とバッグに入れて、停めてあった車に乗り込んで逃走した。
「これ本物の強盗?」
「ドラマか何かの撮影じゃない?」
 目の前で起きている光景に通行人は唖然とした様子だが、冷静にスマホで撮影していたりするところが現代社会の異様さを醸し出している。

                * * *

 俺たちは師匠の晩酌に付き合いながら、ニュース番組から流れてくるその映像を見ていた。
「なんだ~これは? びっくリングだ」
と、間抜け顔の四太郎。驚いてんのか感心してんのか、ほんと、よくわかんねえ野郎だ。
「こりゃあトーシロ(素人)だわ。しょうがないねえ」
と、呆れ顔の師匠。さきいかを嚙みちぎってモグモグとやった後、前のめりになって話しはじめる。
「盗まれて難儀をする者からは盗まないこと、人を殺傷しないこと、女を手込めにしないこと、それが盗賊の掟。と、物の本には書いてある。銀座のこの一件は、まあ、たしかに掟に背いてはいないけれども、なんとも後味の悪い盗(つと)めだねえ」
 ため息混じりにそう言って、猪口の酒をくっとやる。稀代の落語名人、江戸川亭乱走(らんそう)師匠だ。
「全く、その通りですぜ」
 相槌を打ちながら両手でお酌をする俺に、師匠はさらにこんなことを教えてくれた。
「金が余ってる所からしか盗らない、ってのがいいんだ。たとえば、一度盗まれた家は、その後は用心して、大金掛けてさらに金庫の戸締りを厳しくするだろ? なのに半年ぐらい経って気が付いた時には、今度は盗まれた金がそっくりそのまま金庫に戻っている。そんな泥棒名人が今でも居る、っていうんだから恐れ入っちゃうねえ」
 へえ~、そんな粋な野郎が居んのか? 俺も一度お目にかかってみてえもんだ。
 
 同じ頃、亀戸辺りの古いアパートの一室でコップ酒を飲みながら、俺たちと同じようにニュース映像を見て歯噛みしている野郎がいた。
「泥棒も地に落ちたもんだ。こんなことじゃあ先が思いやられる」
 この男、かつては、盗まれた家の者(もん)が、盗まれたことにすら気付かねえ巧みな盗(つと)めをすることから、「長者不知(ちょうじゃしらず)」と呼ばれた泥棒界のレジェンドだ。


 ちょいと時間が出来たんで酒蔵ミッションを済ませておこう、ってんで愛車ローバーミニの助手席に四太郎を押し込んで、一路、青森県へ。東北自動車道をひたすら北上し、桃川株式会社(青森県上北郡おいらせ町上明堂112)を目指した。

 蔵人、四太郎、鉢五郎の3ショットをパチリ。奮発して日本酒大賞受賞『桃川』『杉玉』『ねぶた』の三酒詰め合わせを入手。せっかくここまで来たんなら「ちょいと一杯」はお約束。昭和レトロな八戸屋台村『みろく横丁』で、地元の人や観光客と一緒に八戸グルメを堪能して車中泊。翌日、ポッドキャストに入れておいた津軽三味線『じょんから節』を聴きながら、後ろ髪引かれる思いで帰路に就く。そのまま晩酌タイムへ突入。師匠、四太郎、鉢五郎の馬鹿野郎三人組、ドンチャン騒ぎの様子を、今回は動画でアップしておいた。


 銀座の窃盗事件についてはいろいろと捜査が進み、手の込んだ組織的な犯行ということが分かってきた。なんでも、東南アジアのとある国から、スマホで犯行指示を出す指示役がいるらしい。しかも獄中からだ。刑務所の看守らはみんな金で抱き込まれてた、ってわけだ。
 この事件は、連日、ワイドショーでも取り上げられている。事務所のテレビを点けると、なんと、コメンテーター席に一番弟子の酒乱(しゅらん)兄さんが座って、いつものように適当なことをぺらぺら喋ってるじゃねえか。最近、兄さんの羽振りがいいのはこれだな。四太郎と俺がテレビに向かって「おい、こら、酒乱、まじめにやれー」などと野次ってると、一人の大男が入り口からツカツカと入って来た。
「あっ、熊さん」
 リーゼントヘアにマトンチョップ頬髭、ティアドロップサングラス、エルヴィス・プレスリー風の高襟フリンジ付き白ジャケット、裾開きの白パンツ、白ブーツの出で立ち。両国警察署の熊倉刑事だ。
「今回もご協力お願いしますよ」
 決めポーズをとった後、キラリと白い歯を見せ、サングラスを外す。
「実は、泥棒界のレジェンド、長者不知から警察にこんな手紙が届きましてね」
 手紙の内容はこうだ。
 最近の若者たちの盗(つと)めの酷さは目に余るもんがある。泥棒のはしくれとして、この現状を看過することが出来ねえ。これから泥棒を目指す後輩たちには「泥棒で世の中を良くする」ぐれえの志を持ってほしい、云々。

 とまあ、そんな内容だが、まだ続きがある。
 いつもお世話になっている警察の方々に感謝の気持ちを込めて、クオリティやマインドが低い泥棒連中をまとめて引き渡す用意がある。しっかりと更生させてやってもらいたい。当方と警察の連絡役(つなぎ)として、稀代の落語名人、江戸川亭乱走師匠のご子息、江戸川亭四太郎探偵を指名する、云々。
「どうする? ヨタさん」
「あのレジェンドのご指名なんて、びっくリングだ。いいよいいよ。おいら、受けちゃうよ」
 こりゃあ、おもしれえことになってきた。それから、手紙の最後にこんなことが書かれていた。
『四太郎殿に折り入って頼みたいことがある。乱走師匠のサインを貰ってきてほしい。恥ずかしながら、当方、師匠の大ファンである』
 長者不知の野郎、ちゃっかりしてやがるぜ、まったく。


 一週間後。
 選りすぐりの捜査員だけを集めた極秘の捜査会議が行われ、レジェンドと接触した四太郎から状況を聞く。
 四太郎の報告はこうだ。
 長者不知は、入門したばかりの新米「島田」と、中堅ベテランの「佐々木」という二人の泥棒を警察に引き渡すつもりらしい。どちらも野郎の弟子なんだとか。子ども同然の弟子を売り渡すみてえで我が身を引きちぎられるような思いだが、島田は、はっきり言ってこの商売に向いてねえ。だから、入り口で足を洗わせて堅気の人間に戻す。佐々木は、後輩の面倒見がいい奴ではあるんだが、ここンところ、しっかりと下調べをせずに盗(つと)めをする怠け癖がついちまった。このあたりで灸を据えておく。心を入れ替えて、また一から泥棒道に精進してほしい。
 四太郎殿の弟弟子である鉢五郎殿には、泥棒の心理や行動原理を学んでいただこうと思う。島田と佐々木をじっくりと観察して、今後の探偵道に役立ててもらいたい。そういうわけで今後の連絡役(つなぎ)には鉢五郎殿を指名する。
「どうする? はっつぁん」
「野暮なこと聞くんじゃねえ。上等だ、受けてやろうじゃねえか」
 こうして、長者不知、警察、江戸川亭探偵事務所による泥棒捕物作戦が決行されることになった。心がぴーんと引き締まるような思いがするぜ。
 

 
 捕物当日。
 白Tシャツ、インディゴブルーのジーンズに雪駄履き、お気に入りのスカーフを首に巻き、羽根挿しの麦藁帽を小粋に頭に乗っけて家を出た俺は、長者不知から指定された場所近くの建物の陰に身を潜めた。
 盗(つと)めってのは夜にやるもんだと思われがちだが、実際はそうじゃねえ。昼間の留守にしている時間帯が最も適している。しばらくすると、ほっかむりに唐草模様の風呂敷を背負った挙動不審な男が現れた。抜き足、差し足、忍び足。島田だ。さっそく俺は野郎の尾行を開始した。通りを曲がったところで野郎は男とぶつかった。
「ヒーッ! ごめんなしゃい、ごめんなしゃい、怪しゅいもんじゃありましぇーん」
 怪しすぎるじゃねえか!! その場から一目散に逃げようとする島田の腕を掴み、男がこうささやいた。
「お前、新米だな? そんなんじゃだめだ、ほっかむり脱いで付いてきな」
 呆気にとられた島田は、素直に男の指示に従って後に付いて行った。人気のない場所に着くと、男は島田に丁寧に手ほどきをはじめた。
「その風呂敷の中身、どうする気だ?」
「どうしゅましょうかねえ?」
「本当に何も知らない奴だな」
「今日がしゅごとはじゅめ(仕事始め)なもんで」
「こういうのを専門に扱う店があるから、そこへ持って行って現金に換えてもらうんだ」
「へえ~、便利なみしぇ(店)があるもんでしゅねえ」
「店員が『石川』と言ったら、『五右衛門』と言うんだ。わかったな。俺は、この先にある『鼠小僧』っていう居酒屋で待ってるから、事が済んだら顔出しな」
 
 居酒屋『鼠小僧』に先回りした俺はカウンターに座って、おでんを肴に酒を飲みながら二人の話に耳を澄ました。
「どうだ? 首尾よくいったか?」
「はい、おかげしゃまで」
「それは良かった」
「御礼に今日はオレに奢らしぇてくだしゃい」
「それじゃあ、そうしてもらおうか」
 盃を交わし、兄弟の契りを結んだ二人。
「ところで、お前、名前は?」
「しゅまだ(島田)でしゅ」
「よろしくな、俺は佐々木だ」
「しゃしゃきの兄貴、ここじゃあなんなんで、オレの家で飲みなおしゅましぇんか?」
「いいのか? 邪魔しても」
「もちろんでしゅ。もっといろいろおしゅえて(教えて)もらいたいこともありましゅしぃ」
「よし、じゃあ行こう」
 店を出てほろ酔い気分の二人。島田の家に入ってみると、家財道具一式が無くなっている。
「しゅまった(しまった)、泥棒に入られた」
 あたふたする島田に向かって、
「ここ、お前の家だったのか? 今日の昼間、俺が入ったんだ」
「兄貴がでしゅか? 道理で見事なしゅごと(仕事)でしゅねえ」
「馬鹿、感心する奴があるか。しかし、それはすまなかったなあ。盗んだものは返してやるから、俺の家に来いよ」
 島田の家を出て、佐々木の家に向かう二人。入ってみると、家財道具一式が無くなっている。
「しまった、泥棒に入られた」
「ここ、兄貴の家だったんでしゅか? 今日の昼間、オレが入りましゅた」


~古典落語『両どろ』より~ 
(了)


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