北欧を見るよりも、自国を見よ。問題の本質は労働環境であって、教育ではない
本日、これらの記事を見て私は大変憤りを覚えた。
北欧に負けたからとか、日本の教育が不足しているとかそのような理由ではない。
経済新聞を標榜するこの新聞社が「問題の本質」をことごとく無視しているからだ。
記事内では日本の能力低下を「リスキリング支援」に求めている。労働生産性を高めるための「リスキリング環境づくり」が急務とまで言っている。
しかし、25歳以降の能力低下の原因は「リスキリング」だけではないのである。そもそも日本における労働市場や社会構造の問題が影響している可能性も十分にあるのだ。
日本の職場は、ルーティン化した業務が多いため、そもそも個人の能力やスキルを発揮し、成長させる動機付けが弱いのである。昇進基準も年功序列であり、能力主義ではない。勤続年数が評価されるならば、能力を発揮する動機付けは行われない。同時に、リスキリングへの動機付けも失われるのである。
また、日経記事は数的思考力を懸念事項として扱っているが、統計上における「低下」は必ずしも深刻な問題ではない。
日本の若年層は世界トップクラスのスコアを持っており、初期値が高い。これは基礎研究の質が非常に高いことを示している。そのため、他国に比べて「相対的な低下幅」が目立ちやすいだけであるのだ。
絶対的な能力が依然として高い場合、単なる順位の低下を問題視することは適切でない。
むしろ、この記事は日本の「低習熟度の割合が最小であること」の強みを軽視している。こうした高い基礎教育の成果があるにもかかわらず、それを低下させている労働環境的な要因を深刻にとらえる必要があるが、記事ではそこまでの言及がされていない。
日本は全分野で「低習熟度」の割合が最小であるとされる。これは、日本の基礎教育のレベルが安定的に高いことを物語っている。全体的なスキル分布が底上げされており、日本社会が安定した基盤を持っていることを示唆している。にもかかわらず、記事はこれを認めようとしない。
これでは企業に忖度した記事である。
また、北欧諸国では「生涯学習」が文化として根付いている。北欧諸国は何も単純に国民に対してリスキリングへの支援をしただけではない。北欧諸国の人々は、労働時間が短く、余暇が豊富なのである。つまり、リスキリングができる労働環境が既に整備されているのだ。
日本のような長時間労働や低賃金、家庭への責任などが重視される国で、北欧諸国を事例にするのは甚だ筋違いである。こうした日本固有の背景を無視して、単に北欧のモデルを採用するのは非現実的である。
以上のように、日経記事は企業に忖度している懸念があり、統計情報が見せた問題の本質を全く理解せず、表層的な記事にとどまっている。
こうした記事が、マスコミの不信感を煽ることも知らずに。