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八潮七瀬
2017年6月16日 21:05
男は海が七つあることを知らなかった。それなのにこれ程に海に愛されている。「君の故郷のトーキョーには、海はあるのかい」と彼は尋ねた。目の前には、彼の生まれ育った小さな街をずっと見守り続けてきた海が、日の名残りを受けて僅かに朱く染まっている。大航海時代、貿易港として栄えた街だ。旧市街の赤みのかかった煉瓦で作られた古い建物は、海に面して所狭しとひしめき合っている。「あるわよ」と答えながら、東京の
2017年5月8日 08:42
春先、久しぶりに先生に会った。先生といっても私の指導教官ではない。出身大学の教授だから「先生」と呼んでいるが、学部が違うのだ。私は音楽学部の卒業生、彼は美術学部の教授である。彼とは、5年前に大学の近くの公園を歩いている時に知り合った。それ以来、お互いに国内にいる時に連絡を取り合って食事に行く仲になった。国外にいてなかなか会えない時は、先生が私のためにとっておきのレストランを用意してくれ