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しくじり先生

私は、自分の体で後悔していることが三つある。

一つ目は、目だ。
我が家は、父が2.0、母が1.5という視力の良さ。遺伝的に考えれば、私の視力も良いはずである。しかし私の視力は、右目がえげつない乱視の0.8、左目はちょっと乱視の0.05なのだ。

なぜこうなってしまったのか、原因は自分が一番よくわかっている。
小学校の頃、私は漫画本を読むのが大好きだった。母も漫画を読む人だったので、漫画を禁止されたことは一度も無い。注意されたのは、「目が近いよ!もっと離して読みなさい!」だけだった。しかし、漫画本に目を近づけて読んだことが近視の原因ではない。
原因は、毎晩ベッドの中でこっそり漫画本を読んだからだ。

我が家はいつも豆電球で寝ていた。しかしこの薄明かりが、私たち姉妹にとって悪への誘いだった。
煌々と電気を付けて読むと、部屋の外に明かりが漏れる。すると母に「早く寝なさい!」と叱られることになる。そこで私たちは豆電球の下、大好きな漫画本を夜な夜な読んでいた。オレンジ色の暗い光で読む漫画は読みづらい。姉妹は必死に目を近づけながら読んだ。

母が不意に階段を上がって子供部屋に来た時は、慌てて漫画本を布団の中に隠した。母が階段を降りると、「セーフ!」と笑い合って、再び漫画本を読み耽った。
ある日、母が静かに階段を上がってきたために、寝たふりが間に合わないことがあった。
母は怒って、「やっぱり起きてた!何でこんな時間まで寝れへんの!」と言うなり、ガバっと布団を剥がした。
二人のお腹の上には、まさかの漫画本が乗っているではないか。母はたちまち鬼の形相となり、私たちは思い切りどつかれた。

こんな話は今や楽しい思い出だが、視力がガタ落ちしたことだけは笑えない。姉妹は揃って、コンタクトレンズを手放せない生活を送る羽目になった。無駄な出費だし、目にも負担がかかるし、何より不便だ。
もし、もう一度人生をやり直せるなら、『絶対に豆電球で漫画本は読まない!』と決めている。

二つ目は、歯だ。
母は子供の頃から虫歯に悩まされ、歯並びも悪かったために、高校時代のあだ名は『原始ガム』だったそうだ。なぜなら原始人がガムを噛んでるみたいな歯だからそうだ。なかなか残酷なあだ名である。

自分が歯で悩まされてきた母は、娘たちには徹底して甘いものを控えさせ、歯磨きも徹底してさせてきた。にもかかわらず、私も妹も虫歯に悩まされている。

原因は、虫歯菌(ミュータンス菌)だ。現代なら、1歳7ヶ月から2歳7ヶ月という虫歯菌がうつりやすい時期に、虫歯菌を持っている大人が子供と同じ箸で食べさせたり口移しをすると子供に移ってしまうことがわかっているので、気をつけている親も多いだろう。

しかし当時は、まだそんな情報など無かった。おそらく母は、自分が使ったお箸で子供達の食べ物も触っていたはずだ。ちなみに父は69歳の現在でも、虫歯がゼロである。つまり虫歯菌はいないということだ。となると私と妹の虫歯の原因は、どう考えても母親の口に潜む虫歯菌なのである。
もし、もう一度人生をやり直せるなら、『絶対に3歳までは母と同じお箸で食べさせないで欲しい!』と願っている。

最後は、足だ。
私の足は22.5cmとかなり小さく、靴を選ぶのに相当な苦労を要する。どれほど苦労するかは、先日記したエッセイ『オッパイが大きくなって、足が小さくなった話』で詳しくお伝えしている。

さて、こんな不便な小足になってしまったのには、理由がある。原因は私だ。
私は子供の頃から背が高かった。クラスのほとんどの男子より背が高いことは、私にとってコンプレックスだった。小学生ながらも女心というやつだ。

あれは小学校の3、4年生の頃だったろうか。異常なほどに足のサイズが成長していく時期があった。
「あれ。ついこの間、新しい運動靴を買ってもらったばかりなのに、もうキツくなってる?」
実際には半年ほどのスパンだったとは思うが、自分の中では毎月足が大きくなっているような感覚だった。
20.5cm、21cm、21.5cm、、、。

「どうしよう。足がどんどん大きくなる。足が大きくなるということは、また背が伸びるのかもしれない。デカイ女はイヤだ!私も小さくて可愛い女の子になりたい!」

私はどうすれば足がこれ以上大きくならないか考えた。

『よし!キツくても我慢して、このサイズを履き続けよう!』

私は痛いのを我慢して、窮屈な靴を履き続けた。最初のひと月ほどは痛かったが、いつしか痛みを感じなくなっていた。

それからどれくらい経ったのだろう。ある日ふと、
「最近足が痛くないな。ということは、もしかしたら、もう足が大きくならないのかな。いや、それは困る!もしこのサイズで止まってしまったらどうしよう!」

私は急に怖くなってしまった。
慌てて新しい靴を買ってもらい、足には好きなだけ大きくなってもらおうと試みた。しかし私の足は、その後1cmほど大きくなっただけで、それ以上成長することはなかった。

中国の纏足の話を聞いて驚いたのは、それから何年も経ってのことだ。
あのとき纏足のようなことをしたから、もう足が大きくならなくなってしまったのだろうか。私は大人になってお洒落で可愛い靴を見るたびに後悔をした。
もし、もう一度人生をやり直せるなら、『絶対に纏足はしない!』と決めている。

しかしだ。
現実には、もう一度人生をやり直せるハズなどない。となると、目を向けるのは次の世代だ。せめて娘だけは、目と歯と足で悩むことの無い人生にしてやりたい。

自分の人生の失敗や後悔を、子供の人生で上書き保存する人は多いのではないだろうか。
私も同じだ。しくじり先生となって、失敗から得た教訓を愛娘に生かす日々なのである。

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