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ヘヴンリーロマンス

2005年10月30日。
東京へ向かう新幹線の中で、私はカチコチに緊張していた。
なぜなら人生をかけた大きな戦いが待ち構えていたからだ。
TBSの昼ドラマ『愛の劇場 病院へ行こう!』主役の最終オーディション。

この時の私は、八方塞がりだった。
ラジオのレギュラー番組がなぜか突然クビになり、そのショックを埋めるかのように彼に結婚を迫ったら、彼は夢を追ってニューヨークへ留学してしまった。

何もかもおしまいだ。
私の人生は終わった。
絶望の中、最後の力を振り絞って挑んだオーディションが『病院へ行こう!』だった。

これで受かれば、道が開ける。
でも、ダメだったら???
まともに考えりゃ、ダメな可能性の方が高いに決まっている。
31歳の無名タレントなど誰が見初めてくれるものか。
いや。そんなことは、やってみないとわからない。
私にだって、チャンスはあるはずだ!
背水の陣で挑むオーディションだけに、気合いが入りすぎて、新幹線からカチコチの緊張しっぱなし。

そんな状況の中、私はふと天皇賞の結果が気になった。
この年の天皇賞・秋は、今上天皇、美智子皇后がご臨席されることになっており、106 年ぶり、しかも戦後初の天覧競馬となった。それだけにレース名にも『エンペラーズカップ 100 年記念・天皇賞』と副称がついた、例年以上に重みのある一戦となった。

この特別な天皇賞を制したのは、どの馬なのか?
私は早速、結果を見た。

「えぇーっっっ!?!」

車内で思わず声を上げた。
なんと超アナ馬、14 番人気のヘヴンリーロマンスが優勝していたのだ!

「まさか、14 番人気の牝馬が勝つなんて!」

レースは、ヘヴンリーロマンスが大穴を開けたおかげで、
三連単122万円にもなる大波乱となっていた。
しかもヘヴンリーロマンスは、かよわき『女の子』だ。
誰もが気に留めなかった人気薄の女の子が、ここ一番の大舞台で強い男馬たちを打ち負かし、大金星を挙げたのだ!

「すごい!ヘヴンリーロマンス!」

単細胞な私は、すぐさま自分の置かれてる状況と重なった。
私も、同じだ。
誰も気に留めない、超人気薄のアナ牝馬。

「よっしゃーっ!私もヘヴンリーロマンスになるんやーっ! 」

ヘヴンリーロマンスに大きな勇気をもらい、俄然パワーがみなぎった。
不安でカチコチだった緊張感が、自分を信じる力に変わった。

こうして臨んだ最終オーディション。
結果は、約 500 人の中からまさかの合格!。
私もヘヴンリーロマンスになれたのだ!

あぁ。ヘヴンリーロマンス!
ありがとう!!!
あなたのおかげで、私は大きな勇気をもらった!
そして絶望の淵にいた私の人生は、ここで大きく変わった!

ヘヴンリーロマンス。
14 番人気の超アナ牝馬。
私にとって、人生で忘れられない馬となった。

そう。
私が何を言いたいかというと、

『だから競馬はやめられなーい!』

ということだ。

この事件以来、私は当然のことながらヘヴンリーロマンスがレースに出走するたびに応援馬券を買った。
そしてヘヴンリーロマンスが引退すると、今度はその子供たちに夢を乗せた。

2019年3月現在、ヘヴンリーロマンスはアメリカで繁殖生活をし、
今なお立派な子供たちを産んでくれている。
競馬新聞の出走馬名の左側、もしくは下側に小さく書いてあるのが、
その馬のお母さんの名前だ。
私は新聞で小さく書かれた『Heavenly Romance(ヘヴンリーロマンス)』の文字を見るたびに、あの時の気持ちにタイムスリップし、胸が熱くなる。
そしてあの頃に思いを馳せて、ヘヴンリーロマンスの血を受け継ぐ馬たちを応援するのだ。

どう、このロマン!
たまらんでしょう?

だから競馬はやめられなーい!

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