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欲と意欲

私が二十代の頃ですから、もう随分昔の事になります。

仕事の絡みから親しくなり、とうとうその人の会社にお世話になる事になったA氏という社長の話しです。

当時A氏は、大小四つの会社を経営するやり手社長でした。

絵に描いた様なワンマン経営、
大小四つの会社は揃って今で言うブラック企業そのものでした。

私はA氏のブルドーザーの様な生き方について行けなくなって、僅か二年でA氏の元を去る事になるのですが、

乱気流に呑み込まれた様な二年間は、良くも悪くも印象深く、色んな意味で私の人生の転換点であったと今は思っています。

A氏はよく、「人間、色気がなくなったらお終いだ。」と言っていました。

確かに、俗に言う、飲む打つ買う、の三冠王の様な人で、遊びも極めて派手でした。

もっとも、A氏が言う「色気」は、色欲だけで無く、「欲」全般を指したものです。

酒も博打も女も仕事も、チャンスを逃さず貪欲である事の、欲全般を指して、「色気」と言い表していたのは間違い無い、と思っています。

A氏の晩年は、人伝に聞いた話しでは、不遇であったとのことですが、本人がどう思っていたのかは、分かりません。

もう会うことは叶いませんが、A氏との関わりは、私にとって鮮烈な思い出であり、ふとした時に思い出します。


A氏が言った、「欲」というもの、ですが、
A氏にとって、「欲」こそがモチベーション、
ブルドーザーの様に、触れるものを皆、根こそぎ持っていく様なバイタリティの源は、紛れも無く「欲」だったのだと思っています。

もっと富が欲しい、もっと名声が欲しい、もっと成功したい、もっともっと力が欲しい、誰よりも力が欲しい。

そういった「欲」がA氏を突き動かしていた様に思います。


「欲」は、「欲しいという思い」、です。

つまり、無いから欲しい、という「欠乏」に根ざした思い、です。

欠乏に根ざした思いは、紛れも無く、ネガティブな感情に分類されます。

ネガティブ感情、と言うと、打ちひしがれる様な悲しさや、焼き尽くされる様な怒り、等を連想されるかも知れませんが、

ネガティブには、爆発的な威力や、耽美的な魔力にも似た魅力もあります。

アイツにだけは負けたくない、足を引っ張ってでも勝ってやる、
という気持ちは、ネガティブ感情に分類されます。
その思いに衝き動かされて、他者を打ち負かす事など幾らでもあります。

切羽詰まってどうにもならない時に発揮される火事場の馬鹿力もネガティブパワーです。

性格が良くては勝負師にはなれない、などと言いますが、

それは、勝負事には、他人を蹴落としてでも自分が勝つ、というネガティブな感情の破壊力を使う者が勝利を収め易い側面が有るからです。

勝負師はネガティブ感情の使い手が多い訳です。

A氏のバイタリティの源は、やはりネガティブな欠乏の感情、つまり、「欲」だったのだと思います。

確かに、目の前の勝負や、転がり込んだチャンスをモノにする様な短期的な意味では、「欲」の破壊力は有効なのだと思いますが、

たとえば、人生、といった長期的なものを考える時、「欲」は、苦しみの種になりかねない、と思うのです。

無いから欲しい、という欠乏の動機に基づいた生き方は、追い立てられ、衝き動かされ、そして際限を知りません。


「欲」の傍らには、「意欲」があります。
「意欲」は、湧き上がる純粋な興味、関心、好奇心、で出来ています。

追い立てたり、突き動かしたり、する事がありません。

もっと落ち着いた緩やかな力、と言えます。

緩やかだから、人生の長丁場を乗り切るのには、向いています。


人の生き方に、善悪、正誤、優劣はありませんが、

追い立てられ、衝き動かされ、際限なくもっともっとと走るのは、とても苦しい事の様に思います。

人が人生を歩む推進力の源が、純粋な興味、関心、好奇心、に根ざしたポジティブ感情であるとき、

フォーカスは、今ここ、にあります。

興味を今に引かれ、関心を今に寄せ、好奇心で今を見つめるから、です。

フォーカスは、未来に続く、今ここ、のプロセスに注がれます。

「欲」に支配されたなら、結果、にフォーカスします。

意識は未だ見ぬ未来の成功を凝視します。

プロセスはどうでも良くなります。

興味、関心、好奇心、を満足させる事よりも、結果が大事、結果がすべてになります。


まだ欲しい、もっと欲しい、と、

「欲」に支配された人は、

傍目には、とても能動的で、とても意欲的に映ることが少なくありません。

しかし、結果に執らわれ、今を生きられないその人は、

ある意味、純粋な意志では無く、欠乏感に追われ、欠乏感に衝き動かされ、主導権が自分には無い、極めて受動的な心理状態と言えます。


ネガティブには爆発的な破壊力が確かにあります。

しかし、ネガティブ感情に浸りきって生きるには、人生は長すぎると言えます。

ネガティブ感情は沢山あります、怒り、悲しみ、寂しさ、罪悪感、無価値感、まだまだ沢山星の数です。

けれども、人生の様な長丁場をそれらの感情に巻かれて生きたとしたら、それはそれは、苦しいものになってしまいます。

心軽やかに生きたい、と願うのであれば、

「欲」よりも、「意欲」、

結果が全てでは無く、結果に連なる今ここのプロセス、

もっと欲しい、の欠乏感よりも、純粋な好奇心を満たす充足感、を選択したいものだと思っています。


時にネガティブパワーを使っても、

軸足はポジティブにしっかりと置きたい、と思うのです。

感情の選択は、自分次第です。



読んで頂いてありがとうございます。
感謝致します。


伴走者ノゾム





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