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映画「ルックバック」をみた

 藤本タツキ先生のマンガ『ルックバック』が映画化された。
 ジャンプ+で読み切りをはじめて読んだときには、まさか映画化されるとは思っていなかった。
 上映時間は58分と短く、割引なしの一律1700円という価格設定。それでも自分の中で観る優先順位が、ほかのどの作品より高かった。
 今年の邦画は豊作すぎるのだけど、その中でも群を抜いて「見たい」映画だった。そして、その期待は全く裏切られることはなかった。最高だった。

 あのマンガが動くと、こうなるんだ。脳内で映像が補完されていく。

 『ルックバック』はこんな話だ。
(以下、ネタバレを含む)
 学年新聞にマンガを連載している藤野。
 絵がうまいと褒められることが、自分のアイデンティティとなっている。
 そんなときに、不登校の京本のマンガを見て、画力の差を見せつけられる。自分が井の中の蛙だったことに気づく。
 うまいはずの自分の絵が、子どもっぽい「普通の絵」だと言われ、自分でもそう思えてきて、挫折を味わう。

 自分が学校に行っている間も、絵をかいて練習している京本との差を埋めるために、インターネットで上達方法を調べ、テキストを買いスケッチブックに練習し、1日のほとんどを絵に費やすようになる。

 一つのことに打ち込むことは、素晴らしいことだけれど、周囲との関わりまで犠牲にしていたため、友達と距離ができたり、家族に心配されたりする。藤野は6年生の途中でマンガをやめ、友達とアイスを食べたり空手を習ったり、普通の小学生の時間を過ごすようになる。

 卒業式の日、京本の家に卒業証書を届けるように頼まれて、二人は出会う。あの絵の上手い京本は、実は藤野の大ファンだったのだ。

 あらすじを書きながら、泣きそうになる。
何かに夢中になった経験がある人間なら、努力の虚しさと孤独を知っている。自分よりうまい人間には敵わないという気持ちと、努力すれば少しずつだけど成長していくのを実感できるあの感じ。
 藤野は京本と出会ってから、よりマンガにのめり込んでいく。「藤野先生」と言われたときの、あの高揚感は痛いほどに伝わってきた。

 二人でマンガを描き、ジャンプの賞に入選する。
 読み切りを何本も仕上げ、マンガ家として軌道に乗りそうなときに、京本が美大に行きたいと言う。
 部屋のポスタ―など、背景にバタフライエフェクトやビッグフィッシュ、千と千尋。図書館で見ている本には、ジブリの男鹿さんを彷彿とさせる絵(エンドロールに男鹿 和雄さんの名が)。
 その神がかった背景画が京本を美大に誘うのだが、「もっと絵がうまくなりたい」京本と、「自分とマンガを描いていればうまくいく」という藤野の意見がぶつかる。

 藤野はチェーンソーマンのようなマンガを描き、京本は(作者藤本タツキの母校と同じ)美大に進学する。(藤野と京本を合わせると、藤本になるし両方が作者の分身なのかもしれない)
 マンガの連載を続け単行本を順調に出し続けている藤野のもとに、美大を通り魔が襲撃したニュースが飛び込んでくる。

 京都アニメーションの事件を彷彿とさせる犯人の妄想。

 これは、レクイエムなのかもしれない。道半ばで、絵を描く夢を奪われた魂の安息を願うような作品だ。
 「自分がマンガに誘わなければ、部屋から京本を出さなければ」京本は死ななかったのではないかと藤野は悔やむ。

 そして、「もし二人があのとき出会わなければどうなっていたか。」その場合の京本の人生がパラレルワールドとして立ち現れてくる。違う人生でも美大に進むことを選んだ京本を、やはり通り魔が襲う。(事件の記録のテロップが、事件の臨場感を増す。)
 京本をおそう犯人の背中に、ドロップキックするのは空手の道を選んでいた藤野だった。藤野は京本と出会わないことでマンガを描くことを辞めたままでいた。二人が対面することでマンガを再開する気配を見せるが…。

 京本を部屋から連れ出した藤野のマンガに呼応するように、京本を通り魔から救う藤野のエピソードのマンガが扉の下から現れる。

 あなたがいなければ、今の自分はいない。
 そんな人と出会える青春はとても素晴らしい。

 先日見たカロリーメイトのcmがあって。こちらはマンガではなく、バスケットボールなのだけれど、これまたとても心に来るcmだ。
 お時間のある方はぜひ下のフルバージョンで、もっと時間のある人は両方見てほしい。

カロリーメイト web movie | 「TeamMate お前がいなければ、」篇 (60sec.)

カロリーメイト web movie | 「TeamMate お前がいなければ、」篇 (Full Ver.)

どの青春ものも、主人公をその世界に誘う仲間がいる。

 百人一首をテーマにした『ちはやふる』という作品でも千早と太一が、百人一首をする新と出会うのがそうだ。「青春ぜんぶ懸けたって強くなれない? まつげくん、懸けてから言いなさい」という原田先生のセリフが刺さる。

 バスケットボールをテーマにした『スラムダンク』は、赤木晴子に誘われ、流川というライバルに出会う。あの有名な「最後まで…希望を捨てちゃいかん。あきらめたらそこで試合終了だよ。」「わたしだけかね?まだ勝てると思っているのは。」という安西先生のセリフも最高だ。

 卓球をテーマにした『ピンポン』もペコとスマイルは幼馴染で、才能に自惚れていたペコを、スマイルの素質が上回っていく。卓球に青春をかけたライバルたちのセリフが熱い。アニメのピンポンは、特に涙なしでは見られなかった。

 そんなあれこれがオーバーラップしながら、涙が止まらないまま、エンドロールを見ていたのだけれど、あのマンガから藤野をそのまま連れてきたような、声の持ち主が女優の河合優実さんだったことに驚いた。この人はとても信頼できる役者さんだと思った。
 京本の声の吉田 美月喜さんもとてもよかった。秋田出身の人を使ったのだと思ったら、プロフィールに東京出身と書かれていて、さらに驚いた。

 帰りにパンフレットを買おうと思ったら売り切れで、また買いに来なければと思った。原作もスマホのアプリで読んでいただけだったので、単行本も買おうと思う。(久々にジャンプ+で読み返そうとしたら、途中までしか読めなくなっていた。いや、このクオリティを無料で読める方がおかしい)

 机に向かって貧乏ゆすりしながら絵を描く姿が、どうしても宮崎駿監督と重なって、それもまた良かった。
 米津玄師の「地球儀」を流しても合いそうだなと思っていたら、エンディングがとても神々しい高音が素敵な曲だった。
 だれの曲だろうと思っていたら、最近好きでよく聞いているharuka nakamuraさんが作った曲だった。「Light song」という曲で、うたっているのは uraraさんだ。(NHKのガウディの番組で出会ったharuka nakamuraさんの「CURTAIN CALL」という曲がとても好きで、それを歌っているのも uraraさんだ。)
 「ぼくのために作ってくれたんですか」と思うような、自分好みのもの同士がコラボした作品が最近多い。それは、作品を作り出したり企画したりする人たちと、自分の年齢が近かったり好みが似ていたりするからなんだろうなと思う。

 この映画をみて、はじめて自分のペンネームで名前を呼ばれて、作品を褒められたときのことを思い出した。
 それまでは、自分のノートの中、画面の中でしか存在しなかった自分のペンネーム。それが現実の世界で、声に出して自分に呼びかけられる。恥ずかしいような嬉しいような、あの何とも言えないかんじ。
 ぼくもまた、この文章を読んでくれている人がいるから、文章を書くのだと思う。読んでくれる人が一人でもいい。そのたった一人と出会えるかどうかが、人生を変えることもあるのだと思う。
 誰かに「いいね」と言ってもらえることが、その熱量が強ければ強いほど、この魂を震わせる。すごい作品やライバルに出会えたら、創作意欲が湧き上がり、世界の見え方が変わっていく。この『ルックバック』がまさにそうだった。

 まだ頭の中にしかない物語を、自分もがんばって書き上げてみようかなという気持ちになった。

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