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【読書コラム】君は世界初のタイムループものを知っているか? - 『愚者の渡しの守り』アーネスト・スウィントン(著),武内和人(訳)

 映画もアニメも漫画も、ループものはたいてい面白い。大きな失敗をするも、過去に戻って繰り返しやり直すことで、主人公が着実に成長していく様にわかっていても感動してしまう。

 いまとなっては当たり前になっているけれど、タイムループという最強のフォーマットをはじめに作り出した人は誰なのだろう? と気になった。

 で、調べてみると、『愚者の渡しの守り』というタイトルの本に行き当たった。てっきり小説なんだと思っていたら、意外や意外、戦術学の入門書というから驚きだ。

 ぜひ読んでみたいと思ったけれど、いかにも古そうだし、マニアックだし、翻訳は出版されていなそうでガッカリ。と、落ち込んだのも束の間、Kindleにあるではないか! 早速、ポチッとダウンロードした。

 軍事的な本と聞いていたので、やや身構えてしまったものの、読み始めたら物語形式になっていてわかりやすかった。というか、普通に面白かった。

 舞台となるのはボーア戦争。主人公であるイギリス軍の少尉は50人の兵士と共に「愚者の渡し」と呼ばれる浅さを守るように指令を受ける。そして、近々、ボーア軍が大軍勢が迫らんとしている状況で、彼は不思議な夢を見る。

 この夢の中で少尉はボーア軍の戦闘を生々しく体験する。自分の中でベストな戦略を立てるも、予想外のミスが響いて、悲劇的な結末を迎えた瞬間、目が覚める。すると、終わったはずの戦闘はまだ始まっていなくて、前回の反省を活かして準備に励む。

 お察しの通り、夢が次から次へとつながっていき、負けては目覚め、負けては目覚めし、少しずつ少将の戦術が進化していくという構成になっている。

 夢オチではあるものの、まさしく、タイムループの肝がしっかりと出来上がっている!

 その上、興味深いことに、各夢の最後には今回の教訓が箇条書きでまとめられている。本来、軍事書なら、こららの項目を羅列するだけでよさそうなのに、あえて回りくどい小説形式を採用しているのだ。

 恐らく、難しいことを難しく書くよりも、臨場感あふれる物語で示した方が学びやすいという工夫なのだろう。実際、長らく、この本は各国の軍隊で教科書として採用されていたとか。

 たしかに、考えてみれば、なにかしらの技術を身につけるときに大切なのは反復練習。タイムループほど力のつく方法はないと言える。

 トム・クルーズ主演でハリウッド映画にもなった桜坂洋の『All You Need Is Kill』はそのようなタイムループの特徴を巧みに使っていた。

 少尉ではなく新人の兵士が異星人との前線に駆り出されれ、なにもできないまま殺されるも、記憶を残したままタイムループを繰り返すうち、少しずつ突破口を見出していく展開は胸熱だった。

 いまではSFの設定と認識されているけれど、案外、タイムループの本質は人間の成長という観点から面白さが保証されているのかも。

 ポップカルチャーであるアニメでも、『魔法少女まどか☆マギカ』や、『STEINS;GATE』、『Re:ゼロから始める異世界生活』、『東京リベンジャーズ』、『サマータイムレンダ』など、タイムループものは軒並み哲学的な問題を扱うに至っているのは偶然じゃないだろう。

 恐らく、その根底にはニーチェの永劫回帰がある。わたしたちの人生は一回きりではなく、無限に繰り返されているという考え方で、幸せも不幸もすでに何回も味わっているし、これからも味わい続けるという考え方で、そもそも人生がタイムループなんだよね。

 これの発展系にカミュの『シーシュポスの神話』がある。

 神々の怒りを買ったシーシュポス。罰として、大岩を山頂に運ぶ労働を強制される。やっとの思いで運び終えるも、大岩は必ず、ふもとまで転がり落ちる。そのため、シーシュポスはこの無意味な作業を死ぬまで繰り返し続ける。

 死ぬとわかっているのに、あれこれ頑張る人間はシーシュポスと同じだとカミュは言う。一見するとキツい皮肉のようだけど、その後、こんな風に付け足している。無意味な作業の間に景色を楽しんだり、効率よく岩を運ぶ方法を発明したり、人間は絶望の内に喜びを見出すこともできる、と。

 結局、タイムループにおける成長は絶望的な人生における唯一の希望だからこそ、我々はそのような物語に心を打たれてしまうのだろう。

 わたしの大好きな映画に『恋はデジャ・ブ』という作品がある。

 ビル・マーレイ演じる自己中な天気予報士が田舎町に取材へ行くも、寝て起きたら、そこで同じ日を繰り返すループの中に迷い込んでしまう。

 なにがいいって、普通、タイムループが起こるのって世界が滅亡するとか、恋人が死んでしまうとか、特殊な事情があるはずなのに、この映画ではマジで繰り返す必要のない1日が繰り返される。

 知り合いのいないどうでもいい田舎町で、どうでもいい1日が永遠にぐるぐるまわる。他の場所に行こうとすると床で阻まれ、自殺を試みるもブラックアウトした直後にいつもの朝がやってくる。

 脚本ではそれが数千年も続くと書かれているようで、作風はあくまでドタバタコメディだけど、永劫回帰の忠実な映像化に成功している。

 そんな究極の経験をした主人公が最終的にどうなってしまうのか。『恋はデ・ジャブ』が未見な方はその目で実際にお確かめ頂きたい。最高に素晴らしいよ!

 ネタとしては使い古されているけれど、タイムループものは単なるSF設定を超えた哲学的な支柱があるからこそ、世界中で変わらず愛されているのだろう。今後とも新たな傑作が生まれることを期待せざるを得ない。




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