ボーリング場がピカピカに光っていた時代
「僕の昭和スケッチ」イラストエッセイ227枚目
1970年代の日本は大ボーリングブームだった。
猫も杓子もボーリング、というくらいに流行った。
中には高価なマイボール、マイバッグ持参の強者も出現した。
当時高校生だった僕らには高くてとても無理だったが、、、(笑)
それでも、高校の仲間と小遣いを叩いてボーリング場に出かけた。
彼女(♡)とも行ったのさ(笑)
この数年前まで僕らは、空き地や公園で三角ベースをやっていた。ボールはソフトボール。安物のグローブとバットを持って泥に塗れて遊んでいた。グローブなんて買って貰えない子達もいた。素手でやったり、一つのグローブを交代で使ったり、はたまた親父のお古だと言って戦前の布製のグローブを持ってくる仲間もいた。
その貧しい時代からたった4、5年後、ボーリング場なるものが街のあちこちに現れる。日本は高度成長期の真っ只中だ。
ピカピカのレーンとその向こうにある自動で並べられる10本のピン。
電光掲示板にスコアされるカウント*。
時代がどんどん変わっていくのが分かった。
もはや、何処の家庭にもテレビがあり、画面では女子プロゴルファー達が艶やかにスコアを競っていたものだ*。
中でも、中山律子さん。当時大人気だった女子プロだ。
「サ・ワ・ヤ・カ リ・ツ・コ・サ・ン🎵」
と言うCMも大流行!(花王フェザーシャンプー)。
あの頃、あなたは何をしていましたか?
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