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ワイナリーの酢酸菌を解剖する/生態と代謝


ワイナリーの酸化には酵素酸化と化学酸化がありその機構については説明してきた。
一方で酸化は微生物学的な不安定さという点でも影響力を持つ。


ワインにおける酢酸に関して

酢酸は量的にワイン中に含まれる揮発酸とほぼ同義であり、揮発酸はVolatile Acidと称されることから以下VAと表記する。
そのため一般的にVA量と言われたら酢酸の量だと思っていただいて構わないだろう。

ワインの酸化というものを感じたことのある人の中には酢のような臭いを感じた人もいるかもしれない。
それはまさしく生成された酢酸である。

酸素が還元されることで過酸化水素になり、それがアルコールをアセトアルデヒドに酸化することは前述したとおりである。

そのアセトアルデヒドがさらに酸化されると酢酸になる。

そしてこの酸化には酢酸菌が主に関わっている。
つまりこれは言うなれば生物学的酸化とでもいえるかもしれない。
というのも化学酸化や酵素酸化ではVAは生成されないからである。

そして前述の2つと比べても、この酸化が1番の問題である。

酢酸菌が「主に」というのは、一般的な醸造フローで微生物汚染がなかったとしても、酵母や乳酸菌がVAを生成するからである。

そのため昨今の乾燥酵母ではVA低生成株というのがあるぐらいである。

そしてVAは基本的に0.6g/Lが閾値とされており、それを超えると酢酸のようなツンとした香りが出てくる。

ちなみに以前の稿では取り上げなかったが、アセトアルデヒドの閾値は100 mg/L程度で、シェリー様の香りがする。

また酢酸のエステル化合物の閾値は15mg/Lで、これがかの有名な除光液様の香り、エチルアセテート(酢酸エチル)である。

ただしこの香りは常にオフフレーバーというわけではなく、60mg/Lぐらいまでの少量の香りはポジティブにとらえられる。
そしてこれも酢酸がエタノールと反応することでできる化合物なのでVAの生成が元になっている。

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そのため両者の濃度には正の相関がある。

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それはそうと酢酸に関して言えば、酵母が生成するVAの量では基本的に閾値に達することは少ない。
そのため酢酸臭がする場合に疑われるのは基本的に酢酸菌の存在となる。
一方でアセトアルデヒド単体でも酢酸菌による生成の影響を大きく受けている場合もある。

酢酸菌の生態


ここからは酢酸菌の種類とその代謝についてみていく。

ワインの製造に関わる酢酸菌は主に2種類に分類される。

AcetobactorとGluconobactorという種類だ。

まず基本的な情報から。
体長は1μmほど。
酵母より少し小さいぐらいで、フィルターで取り除くことはそこまで難しくないサイズだろう。

酢酸菌はグラム陰性菌、つまりグラム陽性菌に効くリゾチームという酵素は彼らには効かない。
グラム陽性、陰性というのは菌の細胞壁の構造によって定義されており、このリゾチームという酵素はグラム陽性の細胞壁の多糖を加水分解する酵素である。
これは一般的にグラム陽性菌の乳酸菌(LAB)に用いられる。

要はリゾチームはまず酢酸菌の防除には使えないということだけ抑えておこう。

彼らは好気性細菌である。
つまり彼らは酸素存在下で増殖を盛んに行い、VAを生成する。
逆に言えば、その環境を作らないことが防除のカギとなる。

適正pHは5.5-6.3とワインの範囲からするとかなり高めであり、高pHワインのリスクが高いということを意味する。

また温度に関しても25-30℃が適正範囲ではあるが、10℃前後でも増殖を続ける種も存在する。
つまり熟成中の温度や発酵前後の温度には気を使わなければならない。

酢酸菌の代謝


そして次の基本情報は彼らの代謝である。

例えばAcetobactorであればアルコール耐性があるのに対し、Gluconobactorはアルコール耐性があまりない
つまりワインに大きな影響を与えやすいのはAcetobactorということになる。

しかしもちろんGluconobactorも影響がないわけではない。
Gluconobactorはブドウの腐食(酵母がアルコールを作り始める)環境下でアルコールを酢酸にすることが問題となる。
腐ったブドウからツンとした臭いがするのはこちらの酢酸菌によるものだ。

この腐食は特にボトリティスが付くときによく見られ、ワインの味わいへと影響を及ぼす。

ちなみにボトリティスの指標として計測されるガラクチュロン酸はボトリティスだけでなく、この酢酸菌も生成するので、両方の度合いを見ていると思ったらいいだろう。

またこの菌の問題は酢酸生成だけではない。
この菌にとってアルコールやアセトアルデヒドは使いやすい基質であるが、ブドウの状態ではあまりアルコール分がないので糖も代謝する

この糖はペントースリン酸経路によって代謝され、グルコン酸や5-オキソフルクトースといった化合物になり、その化合物は亜硫酸との結合能を持つので、結果として遊離亜硫酸の量が減少することになる。

これがGluconobactorの主な特徴になる。


そしてAcetobactorに戻ると、こちらはアルコール環境下でアルコールを代謝して酢酸を生成する経路が主になる。

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この経路は酢酸菌の持つアルコール脱水素酵素とアルデヒド脱水素酵素によるものである。
この酵素によって取り出されるプロトン(水素イオン)は酢酸菌の取り込んだ酸素と結合し、エネルギーとH₂Oを生成することになる。
これがゆえの好気性細菌なのである。
その機構の詳細は説明しないが、図では以下のようになっている。

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一方で、実は嫌気性環境下でも他の化学物質をプロトンのレセプターとして使うことで生き延びることができるということ、エタノールのほかにグリセロールを代謝に用いることができるということなどは頭に入れておいてもいいだろう。
グリセロールを失うことで味わいの丸さや厚みは損なわれ、その代謝生成物のジヒドロキシアセトンもSO₂と結合し、遊離態の亜硫酸を減らす。


ここから防除の話を加えると長くなってしまうので今回はここまで。

なにかしら間違っていることや大事な情報が抜け落ちている可能性も考慮して、今後は出典もきまぐれで書いていこうかなと思います。
ただ日本ではなかなか見つからない洋書や、アクセス権限が必要な論文を用いていることも多いので、もし原本を読みたい方は言っていただければなんらかの対応はします。

本:Wine Microbiology: Practical applications and Procedures
本:Biology of Microorganisms on Grapes, in Must and in Wine
本:Handbook of Enology Volume1 The Microbiology of Wine and Vinifications


画像はこちらからお借りしました。
http://sayaka27213312.blog57.fc2.com/blog-entry-4.html


今回のまとめ


-酸化関連では酢酸、酢酸エチル、アセトアルデヒドに注意
-酢酸は酢酸菌からできる酢のような香り
-酢酸菌は高温、高pH、好気性

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