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ピアノ演奏の本番で陥りがちなこととその対処法

楽器の演奏は本当に繊細な作業ので、些細なことで影響される。家でひとりで弾いているときは結構上手く弾けるのに、レッスンになるとなぜかミスが多くなり、本番となると半分も実力を出せない、ということもあるかと思う。あれだけ練習しておきながら、本番は散々な出来だった、というのはなかなか悲しいものだ。

やはり、ひとりで気楽に弾くのと、人前でそれなりのプレッシャーを感じながら演奏するのとは違う。本番では、最低でも練習と同レベル、できればそれ以上の出来を目指したいはずなので、今回は演奏本番で陥りがちなこととその対処法について書く。

まず、緊張しやすいかどうかは体質で決まっていると言っていい気がする。性格ではなく、体質であるというのがポイントで、花粉症になる人とならない人がいるのと同じようなものだ。だから、常日頃から緊張しやすい人は、緊張を回避しようとするよりも、緊張した場合の対処法を知っておくと良いのではないかと思う。緊張感が全くないとだらけた演奏になるし、緊張するのは悪いことばかりではない。

緊張感をコントロールするのに最も有効な方法は、自分の演奏のみに全力で集中することだ。このとき、精神状態がとっ散らかってしまい、前の人は上手いなあとか、この演奏で間違えたら先生に申し訳ないなあとか、昨日出来なかった部分は大丈夫かなあとか、考え始めると、それは集中しているとは言えず、妙な緊張を招くことになる。これから演奏する楽曲のみに集中することが大切だ。人間は極度に集中しているとき、緊張までする余裕はない。緊張しそうだったら、とにかく自分のやることだけに集中である。

本番、プレッシャーを感じながらピアノを弾いていると、次のような事態に陥ることがある。

1、テンポが速くなる

これは最も頻繁に起こることと言っていいかもしれない。遅くなることはまずなく、普段以上にテンポが上がってしまう。一旦些細なミスをすると、それが引き金になってテンポが狂ってしまう場合もある。速くなと当然ながらミスが増える。そしてまた速くなるという悪循環を繰り返す。

この対処法としては、自分がテンポが上がりやすいタイプかどうかを知っておくというのがまず重要だ。ピアノを始めたばかりの小さい年齢でも、すごく安定したテンポで弾ける人もいるので、単に楽器のトレーニングだけでなく、日常の癖や性質などの部分も関わっていると思われる。

もし、自分は本番でテンポが上がりやすいようだと分かれば、その対処法が取れる。テンポが上がってしまっても、元に戻せるポイントを作る。ピアノは他楽器に比べ、呼吸困難な弾き方になりやすい。つまり、管楽器のようにブレスの必要がなく、弦楽器のようにボーイングも考えずに済むので、呼吸の感じられない、息の詰まった、聴いていて苦しくなるような弾き方になりやすいということだ。

なので、この曲を歌うとしたらどこでブレスするかを、常に考えて弾いてみる。弾きながら、実際にそこでブレスをしたって構わない。管楽器のように、常に同じ場所にブレスを入れることで、テンポの暴走にブレーキをかけることが出来る。この辺りは、管楽器奏者から学べることが多いので、身近にいれば、側で演奏してもらうと大変参考になる。呼吸を管理するだけで、テンポコントロールが上手くなる。

2、過度に意識することで起こるミス

これはどういうことかと言うと、ほとんど何も考えず弾けるようになっている場合、むしろその流れに任せて何も考えず弾いているときが一番上手く弾け、何かを意識した途端、どう弾いていたのか分からなくなり、パニックになって間違えてしまう、ということだ。これは普段の練習でも時々経験する。眠くて仕方ないときなぜか上手く弾け、隅々まで上手く弾こうと意識すると、逆にミスを連発してしまったりする。

自動的とも言えるくらい染み込んだ動作は、何も考えず無意識に動かすからこそエラーが起きないのだ。歩くときの手と足のコンビネーションはどうだったっけ、と考えた瞬間、単に歩くという動作がぎこちなくなってしまうのと同じようなものだ。

楽器の演奏は複雑な動作を伴うが、一度習得したものは無意識に繰り返され、水泳や自転車運転と同様の手続き記憶となる。そこに過度な意識を注ぎ込むと、スムーズな動作が阻害されてしまう。だから、無駄に頭を使わず演奏するというのは大事なことなのだ。

本番、ステージでライトを浴びながら弾いていると、何か特別な弾き方をしないといけないような気分になるかもしれないが、一旦弾き始めたら、あとは流れに任せるのが上手くいく。大抵、多少緊張していても、集中して最初のフレーズを弾けば、あとはだんだんリラックス出来るものだ。

3、先の部分を考え過ぎる

通常、演奏する際、0.数秒後の楽譜を先取りして読んでいる。暗譜で弾く場合も、実際楽譜は見ないにせよ、同じことを頭の中で無意識にやっている。クラシック音楽は、常に今弾いている部分の次を準備しなければ、滞りなく演奏することは不可能だからだ。実際の演奏と頭の中に先行するイメージが同時進行しており、並行処理されている。

本番でありがちなのは、普段よりも先の部分に意識が行きやすくなるということだ。数秒以上先の部分が頭をよぎると、ミスしやすくなる。普段と同じ、0.数秒後の部分だけで良いのだが、色々心配になってくると、ずっと後のことを考えてしまうことがある。そうなると同時並行処理の間隔が狂い、ミスしないような部分で間違えたりする。そしてこのミスは連鎖する。

ミスする場合、その直前に頭の中でミスしていると言っても良いかもしれない。同時進行の間隔が普段と変わってしまったとき、先行イメージと演奏動作の連携が崩れる。この状態に陥ったと感じたら、即座に通常の間隔に戻すことが必要だが、速い曲などだと、これがかなり難しい。

この場合、一度リセットしないと、そのまま崩れた状態が続いてしまうことが多い。休符や区切りの良い部分があれば、そこでリセットだが、無窮動的な動きが続くとそのポイントがないときもある。小節の頭や、アクセントの付いた拍がリセットしやすい部分だ。そのときわずかにブレスを入れるとすんなりリセットされる。また、もうどうしようもないと思ったら、音符をひとつ(場合によってはいくつか)犠牲にして合わせ直す方法もある。ズルズルと不安定なまま弾き続けるよりは、潔く、普段の並行処理間隔に戻した方が残りの部分でミスが減る。

ただしアンサンブルの場合、勝手な変更は許されないので、リズムとテンポは厳守である。どうしてもどこか犠牲にしなくてはならなくてなったら、左右どちらかの音符を弾かないなどの対処をし、全体のバランスに影響しないようにすることが必須だ。

いずれにせよ、ミスは最小限に抑えられれば大したことはなく、いつもと違うと感じたら、早いうちに芽を摘んでしまった方が良い。もちろん完璧を目指して練習することも必要だが、ここでミスをしたらどう繋げられるか、という視点で練習しておくのも本番で役に立つ。ミスしたとしても冷静に対応出来るので、他の部分に影響することなく、瞬時に元に戻せるようになるからだ。普段あまりレッスンでは言われないかもしれないが、ミスをいかにミスに見せないか、というのも上手く聴かせるための重要なテクニックだ。

本番で暗譜がとぶ、という点については、また次の機会に書きたいと思う。


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