気を引き締めた貝
本当は先週終わらせておきたかったですよね、と私は言った。
それでカチッと音がした。
地雷を踏んだ音だった。
この打ち合わせは先週彼女の都合がつかなくて、延期されたものだったのをすっかり忘れていた。
明らかに機嫌が悪くなった女の顔から表情が消えて硬くなったのを見て、私もその場から消えたくなった。
私たちは向かい合ってテーブルに座り、二人で新しい企画の準備について打ち合わせを始めるところだった。
机の上に漂う沈黙の形をした雲が、冷たい雨になって背中を濡らした。でもそれは自分の汗だった。
「それで」と女は言った。
「先週だったらなにが違ったんですか?」
その言い方には、気に入らないことがあったときに、相手を困らせて鬱憤を晴らすタイプの人特有の声の響きがあった。
ただ気が強いのとはちょっと違う。
納期の心配が今よりは少なかったよ、と私は心の中で思ったが口にはしなかった。
これはまいったなと思いながら、頭の中で言葉を探した。
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余計なことを言ってしまう時ってありますよね。しかも、この手の悪いことって続くんです。
昔、誰かが私は貝になりたいと言ったらしいけど、私もできればしばらく貝になりたいです。テコでも開かない屈強な貝になって口をつぐんでいたい。
男は気を抜いちゃいかんぞ、とゴッドファーザーであるドン・コルレオーネが言っていた。
オゥケイ、ボス。
私は今週、気を引き締めた貝のような男として生きていきます。
そう決意して、帰りにスーパーでホタテを買って焼いて食べた。
これで少なくとも明日は乗り切れる気がする。
サポートしていただいたお金で、書斎を手に入れます。それからネコを飼って、コタツを用意するつもりです。蜜柑も食べます。