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2021年6月の記事一覧
これはゲームではない
戦況は泥沼といってよかった。敵のゲリラ的急襲はいつどこから現れるのかわからず、そんなプレッシャーに心を病むようなものもあらわれていた。
そんな折り、ジャングルを行軍していると銃撃に遭った。完全に待ち伏せをされていたらしい。オレともう一人を残して、あっと言う間に殲滅された。かなりの手練だ。敵は撃つとすぐに移動しているのでいったいどこにいるのか、どこから撃たれるのか皆目見当もつかない。音も無く移動
彼が彼であることを殺したもの
叔父は人を殺した人だった。もちろん、人を殺すその時までは、叔父は人を殺したことの無い人であり、それどころか虫さえ殺せないような優しい人だった。ぼくはそんな叔父が好きだった。叔父はぼくとよく遊んでくれた。虫の捕り方を教えてくれたのも、ザリガニの釣り上げ方を教えてくれたのも叔父だ。カードゲームのいかさまのやり方や、胸踊る冒険物語の本を貸してくれたりもした。その頃のぼくは同年代の子供たちと遊ぶよりも、
もっとみるぼくの胸に空いた穴の話
最愛の妻が死んだ。アクセルとブレーキを踏み間違えた車にはねられたのだ。運転手はブレーキの不具合だと主張し、長々と法廷で争われることになるのだが、ひとつだけ変わらないことがある。
妻は死んだ。そう、妻は死んだのだ。
裁判もそうだが、葬儀やその他の手続きもろもろが嵐のようにやって来た。さながらその強い風にもてあそばれる小舟のように、ぼくはどうにかこうにか日々を過ごした。その中で下した判断に、間違
君でなくなってもらう、ということ
「君は優秀な男だ」と、彼らがエージェントと呼ぶ男は語りはじめた。黒い背広に、無表情。髪はぴっちり横わけにされている。
とはいえ、「彼ら」とは誰か?彼は自分の他にも自分と同じような仕事をしているものを知らなかった。「彼ら」、あるいは、彼の仲間のようなものたち。
しかしながら、彼は自分と同じような仕事をしているものがいるはずだ、と考えていた。エージェントは彼の行動をその隅々まで把握していた。日常の
潮の香り、排気と油の臭い、カモメの鳴き声
誘拐されたことがある。まだわたしが学生だった頃のことだ。
その記憶は、潮の香りと、フェリーの吐き出す排気と油の臭いと結びついている。
そいつはフェリー乗り場で捕まり、わたしはそこで解放されたからだ。そいつがどこに行こうとしていたのかは知らない。
カモメが鳴いていた。
いきなり車に押し込められ、後ろ手に縛られた。悲鳴を上げるとか、徹底的に暴れてやるとか、そんなイメージトレーニングみたいなこ