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最終兵器

 心優しかった彼の志したのは兵器開発だった。幼時から体を動かすのは苦手だったが、数学の成績だけはずば抜けていた。彼はいわゆる天才だった。トップクラスの工学の学校に進み、優秀な成績でそこを卒業した。そして進んだのが兵器開発の道だった。
 時代が時代だったのだ。軍部の強行したその戦争は、泥沼化していた。日毎に多くの若者の命が失われていっていた。彼にとっても、それは他人事ではない。彼の幼なじみも戦線に送られていたし、彼自身にもいつ招集があってもおかしくない。
「とはいえ」と彼は思っていた。「ぼくが兵隊に取られるようになったらおしまいだろう」そして、自分の細い腕を見るのだ。「こんな足手まといまで駆り出されるようじゃ、敗けは決まったようなものだ」
 事実、軍部も彼に重い荷物を担がせて行軍させようとは思ってはいなかった。彼のその才能、兵器を開発するのに役立つ才能に期待をしていたのだ。
「そしてついに」と彼は軍首脳部たちを目の前に言ったのだ。「この戦争を終わらせる兵器を開発したのです」
 彼の後ろに控えるその最終兵器、形状から予測されるのはそれが爆弾であることだ。
「この爆弾が炸裂すれば」と彼はそれを愛でるように撫でた。「この戦争は終わることになるでしょう」
 早速その爆弾は爆撃機に載せられ、敵国の主要都市に落とされたのだった。強烈な閃光が爆撃機の乗組員の目を射る。
 しかし、派手なのはその光だけだった。爆弾が投下されたどの都市も、完璧に無傷のままだったのだ。
「これはどういうことだ」軍部は激怒し、彼の研究室に飛び込んだ。そこで目にされたのは、最終兵器のあの爆弾である。そして、彼の手にはスイッチが握られている。
「このスイッチがなんだかおわかりですか?」と彼はニヤリと笑った。「この爆弾のスイッチじゃあない。この爆弾だけでなく、ぼくがこの国のあちこちに設置したこれと同じ爆弾のスイッチです。ぼくがこのスイッチを押せば、それらは全て爆発することになるでしょう」
「ふん」と鼻で笑った。「その役立たずの爆弾に何ができる。お前は戦争を終わらせると豪語していたが。相手方にはなんの損害もなしじゃないか。押したければ押せ」
 そして、彼はスイッチを押した。閃光が辺りを包む。光だけだ。それ以外何も、どんな熱も、音もない。
しかしながら、研究室に押し入った人間は自分の中の変化に気付かずにはいられなかった。自分が幸福感に満たされていっているのをありありと感じ取っていたのだ。それまで持っていた、怒りがまるで蒸発するように消えていく。怒りも憎しみも、消えていく。
 これが爆弾の炸裂したところで起こったことだった。この爆弾が炸裂し、発した光に触れた人はみな、その怒りや憎しみを失っていき、幸福な気分になったのだ。
「ああ、戦うのなんて馬鹿馬鹿しい」
「やめようやめよう。俺たち、これで満足じゃないか」
「考えてみれば、あいつらもそんなに悪いやつじゃないよ」
「なんであいつらにあんなに怒っていたんだろう?」
「ああ、幸せだ」
 というわけで、人々は幸福になり、戦う意味を無くしてしまったので、戦争は終わった。


No.582


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