"COPY BOY" ぼくのクローンは小学生㉞最終話【未来へ】
ワケあって、大学生の僕はクローンと暮らしている。ヤツは小学2年生。8歳の子どもだ。
顔は、幼い頃の僕と全く同じ。ジャンケンすると決着がつかない。
なんで、こんなことになったのか。よかったら、そのワケを聞いてほしい。
(※第1話へ)
<次の春、最終話(第34話)>
…というわけで、以上が、
僕がクローンと暮らしたワケだ。
それから、どうなったかって?
世の中は変わった。
犬巻が約束してくれた通り、クローンの人権を守っていく法案が国会で提出された。おまけに、同じ人間が同時に2人存在することを法律で禁止するべきだと、議論され始めた。
政府は、人道に反したクローン人体実験の責任を追及され、近く政権交代するだろうと言われている。大晦日に現れた”議員秘書”の思惑通りなのか。
とにかく良かった。しばらくはチビのことは安心だ。
だけど、現実は意外と複雑で…。
あの時、犬巻は言っていた、「人間はね、思いついた事は実現せずにはいられない。そういう生き物なの。」と。
新政権も実は密かにクローン研究に興味津々だという。経済発展のためか、お偉いさんの命のためか。お得意の”法の解釈”で、うまいことやるつもりか。
おかげで犬巻たちはこっそり役職に残され、安泰だ。
そうでなくとも、やがてどこかの国がクローンを作り始めてしまうかもしれない。
これは避けられない運命なのか。だとすれば、世界の人々は、クローンを ”多様性" と受け入れ、彼らの幸せを願う社会を作って共生していくべきなのだろうか。
「クローンは善か?悪か?」…そんなの誰にもわからない。
クローンの社会進出によって差別や貧富の差が生まれ、人口爆発で食糧難が激化するかもしれない。
また一方では、愛する家族、愛する我が子を亡くした人にとっては、神からの贈り物になるのかもしれない。
ただ一つ言えることは、善か悪かは、その術を手にした人類がどう使うかに委ねられている。
ほら、もしかすると…
皆さんのそばにも、いつの日かそっくりの奇妙な兄弟が現れるかもしれない。
その時、あなたはどのようにお考えになるのだろう。
こんなこともあった。とっても小さな出来事だけど。
僕とチビが考えて応募した”ゆるキャラ”が、ひっそりと山陰の小さな港町で採用された。そこに行けば、町のイベントで僕らのゆるキャラを見ることができる。ホームページに動画がアップされ、頭の尖ったイカが踊っていた。なんて素敵なことだろう。
星の数ほどたくさん応募したけど、やっとひとつだけ。
でもいい。最高だ。少しは僕の生きた証が残せたかな。チビにはチャレンジする楽しさを知ってもらえたかも。夢を果たせなかった僕の代わりに、将来はデザイナーを目指すのかな…。もちろん別の分野でも何でもいい、好きなことを胸を張って好きと言える、そんな人になってくれたら、それだけで嬉しい。
そうそう、入社面接でのあの質問。
「あなたはタイムマシンで過去へ行きました。
そこで出会ったのは、子どもの頃の自分。
未来から来たあなたは、一体何を伝えますか?」
…なんて言うか、答えが見つかったよ。
「未来は自分で変えられるよ。楽しんで。」
ってね。
…え?僕?
僕は、死んだあとどうなったの…、って?
…どうしよう…言ってもいいかな…
…本当は、秘密なんだけどね。
チビの小さな頭の脳内。
記憶の中、チビの意識の奥の奥に潜っていくと………
………そんなはるか奥の入り組んだ場所に、
シーツで作ったテントの秘密基地がある。
そこで僕の ”意識” はひっそりと暮らしている。
毛布と懐中電灯をもって、大好きなうまか棒を食べながら。
チビの意識を乗っ取らないよう、ひっそりと。
チビはまだ気づいていない。まさか自分の脳の奥底に僕がいるとは。
実は、一緒に暮らしていた頃、脳がシンクロを繰り返すうち、ほんの少しだけ僕の ”意識のカケラ” がチビの脳にコピー着床されていたようだ。
それに気づいたのは、僕が死んだあと。
僕の意識はチビの脳内で目覚めた。コピーされた意識の種が目を覚ましたのだ。でもその時は、まだまだ小さく、ボンヤリ不確かな意識だった。
それからの数か月、
僕は、チビの記憶の世界でさまよった。いろんなところに散らばっているであろう、かすかな僕の意識のカケラを少しづつ拾い集めた。学校の机の中や路地裏の隙間、絵本の間に挟まっててたことも…。
それらをひとつにまとめて、なんとか僕の意識は、自立してモノを考えられるくらいまでには大きくなった。
そう、僕たちはひとり。
本当にひとりになった。
ほら、見てごらん。
たった今、
チビは四ツ谷駅のそば、外濠土手の桜並木を歩いているようだ。
彼の目、耳、肌…、五感を通して、かすかに感じる。
今年も美しい花びら群がはち切れんばかりに咲いている。
春の強風で宙に舞う幾千もの花びらが白くキラキラと光っている。
実に鮮やかだ。
手をつないでいるのは…
ああ、猫ちゃんだね。隣にばあちゃんも。
そばにいてくれてるんだね。皆、笑ってる、よかった。
あれ、もうひとり。小さな女の子がいる。
5歳くらいだろうか、車椅子に座って、スチール製のギプスを足に添えている。
その瞳は…、猫ちゃんの瞳と同じ。麗しい ”虹彩” 。
美しいその笑顔は、猫ちゃんの幼い頃を彷彿させる愛らしさに満ちていた。
よかった…意識が戻ったんだね、妹さん。
よかったね、猫ちゃん。
こんにちは、”小さな猫ちゃん”。チビと仲良くしてやってね。
ずっとここから、こっそりチビの人生を見守ることにしよう。
決して邪魔しないように。
そう、僕とは別の、チビはチビの人生を歩むべきだから。
彼の成長を、これからの未来を、見守ることを楽しみにここで生きていこう。
いつか大人になったら、僕と全く同じになった顔…僕より歳をとった顔…。いろんな姿を見てみたいな。
どんな仕事をするのかな。結婚するのかな。我が子をこの手で抱っこするのかな。その子は、どんなにか可愛らしいだろう。
なにもかもが楽しみで仕方がない。こっそり、ここで味わせておくれ。
お願いだ。どうかどうか、幸せでいてね。
君の人生は、きっと素晴らしい。
皆もいることだし、なんだかうれしくなってきちゃった。
そうだ、ちょっとだけ…。そう、ちょっとだけいいよね。
聞こえなくてもいい。
なんだか叫びたくなったんだ。
”おーい、チビ。
ありがとう”
「あれ?」
チビがピクリと反応した。
「兄ィ…?」
辺りを見回して、首をかしげる。
「どうしたの?」
覗き込んだ猫ちゃんの顔。久しぶりのアップ。
「今、兄ィの声が聞こえたよ!」
「え?そんなわけ…」
怪訝な表情。
「ううん、聞こえた!兄ィだよ!兄ィ!」
「まさか…」
「絶対そうだって!」
やばい。チビの人生を邪魔しちゃいけないのに…。
すると、ばあちゃんが、
「そやな。」とチビの肩をそっと手のひらで抱き、すべてお見通しのように皺だらけの顔で穏やかに笑って言った。
「ゆうちゃんはな、みんなの中におるんよ。ずっと。」
猫ちゃんは嬉しそうに、
「はい。います。」と笑った。
その表情を見て、妹さんも嬉しそう。
「そうだよね!」
チビは、胸に手を添えて叫んだ。
「兄ィ、見えるかい。みんな元気だよ!」
見えるよ、見える。
ちくしょう、泣けてきたじゃないか…。
「兄ィ。」
なに?
「ぼくも、ありがと!ずっと一緒にいようね。」
うん、一緒にいようね。
幾千もの花びらが、春の気まぐれなつむじ風に抱かれ、
5人をくるりと巻き込んで踊りながら空へ空へと昇っていった。
それはまるで、
みんなの未来を祝福するかのように、とても優しかった。
…チビ、
今夜、夢で会えるかな。
会えたら、いっぱいお話しようね。
そして、一緒に父ちゃんと母ちゃんに会いに行くんだ。
そう、バスに乗って。