村上がもたらす邂逅と4冠王の昼下がり
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「Instagramを開いたら神宮球場でのバイトのPRが僕のストーリーズに流れて来たんだ。僕が野球を好きじゃないという事実がもしかしたら、嘘だったのではないかと思うくらいにね。それと同時に、君の事を思い出した。それは最初からそういう事だったのかもしれない。好むと好まざるとに関わらずね」
「それは決められた事だったんだ。君が、神宮球場のバイトで僕を思い出したように、同じ時間軸で僕と君が存在している事を僕も考えたんだ。僕のストーリーズには、筋トレを推奨するジムのPRが流れて来たんだ。必然という言葉をプレゼントしたいくらいだった」
「そうか。でもそれは悪くないだろ?」
「そうだね。僕と君は野球に行く。それは決められた事みたいだ。」
「あえての神宮球場ではなく、ハマスタに意味を見出だすのが僕達のやるべき事だろう?」
「やれやれ。それも悪くないね」
文学中年も齢40に差し掛かると、お互いの人生経験からオリジナルの村上春樹を作り出す事に成功し、自分の人格を入れ込んだテクニックを使うようになる。
僕は、Instagramで知り合った、同じ年齢のヤクルトスワローズ好きの彼と初めて会うのに野球を観戦しながらということになった。
僕は、別に野球を好きなワケではない。
僕が好きなのはサッカーだし、ボクシングだ。
久しぶりのスポーツ観戦でさらに初対面の人と会うなんて、少し前の僕には考えられなかった。僕が彼に興味を抱いたのは、彼の紡ぐ文章が洗練されて簡潔で、誰のためでもなく自分が満足するように文章を書いているからだ。
それは、彼がバンドをしているのと意味があるかもしれないし、ないかもしれない。ただ音楽が鳴っているような文章を書くし、居心地いいリズムを鳴らす。
それと、なにより彼は、海外文学が好きなんだ。
僕は、JR根岸線の横浜方面への電車に乗り、目指す関内駅まで大江健三郎を読みながら、ふとスワローズを勉強しないとまずい気になった。さすがに野球を知らなくても今日応援するチームのメンバーくらい知らないとまずいなとマスクの下で苦笑いした。
野球ファン失格どころか、社会人失格になるところだった。
僕はヤクルトスワローズの選手を見て、まず青木宣親選手に目がいった。僕と1日違いの誕生日の彼は未だ現役で活躍しているらしかった。目がいく選手に山田哲人選手もいた。僕でも知っている。トリプルスリーだ。3割30本30盗塁。それも3度もだ。なんとかなると調べていたら、1人の選手に目が止まった。
4番村上
村上。やっぱり必然かと思いながら、それ以上調べるのをやめた。
球場に着いた僕は、彼を待ちながら横に並んだ少年野球の一団の会話を聞いていた。
「初めて来たよ。すごい。ここで観れるの?」
「感動だよ。大きい。ほんとドキドキする」
ただ、純粋なその真っ直ぐな言葉は横で同じように球場を見上げていたおじさんの涙腺を刺激するには充分だった。そして、それを横目に見ているカフカのTシャツを纏った彼を発見した。
僕は、うるうるを隠すように彼にハグをし、初対面を繕った。彼に案内されながらスワローズファンの方達と行動を共にした。
レフトスタンドの最上段。私設応援団の隣のブロックのその位置は、テレビで見ていた野球の醍醐味溢れるような席だった。彼が持ってきてくれたユニフォームを着込み、プレイボールを待った。
声を出してはいけない応援は、試合開始も応援団の太鼓が拍子を打つだけのものだったが、その振動を身体で感じた時に、ああ、スポーツを観に来れたんだ。と、また改めて思えた。
初回に点が入り、僕は名物の傘を振ることが出来た。東京音頭は口ずさめなかったけれど、そこには一体感が存在していた。
なにより、青空、ビール。酔いしれた。
僕の想像よりもずっと小さな傘は、振り回すにも他人への配慮が感じられ、スワローズを好きになるのも悪くないなと感じていた。
レフトの目の前に同年代の青木宣親がいる。
彼とその事を話す。当たり前だが、僕らは同じ年月を過ごして来ているが、違う人生である。青木宣親の背中に僕らの年月を投影してしまう。
それは、スポーツであるが、エンターテイメントだと思った瞬間だった。
「同年代の選手も少なくなったけれど、年下の選手も引退してたりするからね」と彼は言った。
青木宣親が交代した。
僕達は無言で拍手を贈った。その拍手は今までの拍手とは意味が違う気がした。
僕は、携帯を開いてメッセージを確認したら彼に言わずにはいられない事を読んだ。
「ねぇ、村上春樹は29歳の神宮の広島戦で、ふと小説を書こうと思ったらしいよ」
彼は笑いながら応えた。
「ここは神宮じゃないけど、悪くないね」
4番の村上が打席に立った。僕は色々な事を想いながら村上の打席を見守った。そのうちに色々考えがよぎった。
もし、村上が塁に出たら僕はこのまま色々書き続けてみよう。ホームランとかが出たらそれこそドラマなのにとか思いながら一球一球を見守った。
塁に出なかったら。それを考えたら不安になったりした。
ああ、この瞬間何人がこうして夢を託しているんだろうか。ふと、プロ野球のプロ選手というものに尊敬を抱いた。
村上が振ったバットはシングルヒットだった。
コツコツやろうぜ。間違ってないぜって。言われてるみたいだった。
僕と彼はスワローズの勝利に酔いしれ傘を振り、初対面の不思議な空間を野球という非日常のエンターテイメントに取り込まれ、どちらからともなく中華街に飲みに行き、またの約束をした。
なんのはなしですか
ハマ風の意味にハマスタの意味を見出だした気がした。
連載コラム「木ノ子のこの子」vol.7
著コニシ 木ノ子(完全試合目指し蟲)
今週も4冠いただきました。
書きたい気持ちが上がります。ありがとうございます。
自分に何が書けるか、何を求めているか、探している途中ですが、サポートいただいたお気持ちは、忘れずに活かしたいと思っています。