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先輩噺 山籠りの後輩とヒサシオブヒサシ

ちょうど日が暮れるのが早くなったなと、言葉に出すようなこの時期だった。 

僕は、東京生活の疲弊から神奈川に戻ってきて地質調査という仕事についていた。これは、27歳くらいのはなし。 

地質調査。聞こえはいいが肉体労働の最たるものであった。私の体脂肪が一桁を常にキープしていたので、間違いないだろう。今は、可愛いくプニプニしている。誰か触ってみて欲しいものである。 

2人コンビで仕事をするのが多いこの仕事で、僕は野性児とも言える先輩ヒサシとコンビを組んでいた。ヒサシは、僕の2つ上。面倒見がいいというか、面倒見ないとまずい事になる。そんな人だった。 

僕らの他にもコンビで動いているチームが他に5チームくらいあった。 

2人で動くので、メンバー交代は割りと頻繁にある。 

なぜか。 

体力的にキツい仕事は、揉め事が絶えない。
そしてバキバキの肉体美を誇る集まりなので揉めるとややこしくなるのだ。 

当時の僕は、他人に一切構わず、自然といるのが好きだったので続いていたのだと思う。 

あとは、ヒサシ観測。 

ちょうどこの時期僕は、ヒサシと福井県の山にいた。 

その日、昼くらいに長野にいる1つのチームが揉めているらしいと連絡があった。 

「木ノ子、あいつら揉めてるらしいぞ」 

「先輩、嬉しそうっすね」 

「木ノ子、揉め事とは事件だぜ」 

肩に長さ3メートルの鉄の棒を何本か、合計50キロほどを担ぎ勢いよく振り返ってくる。 

「先輩、急に振り返ったら自分頭に棒当たって死にますけど」 

「危険と隣り合わせの仕事って楽しいだろ」 

キラキラしている目を見て、ほんとにアホだと冷静に思っていたのを思い出す。 

その日の仕事を終え、宿に帰り部屋で読書している時だった。 

「木ノ子、ダーシがいなくなったらしい」 

ダーシとは、長野の山奥で現場に入っている僕より年下の男の子である。 

「誰と組んでたんですか?」 

「ニンジャ」 

ニンジャとは、存在感を消すぐらい仕事に没頭し、言葉より先に手が出るタイプである。 

「ああ、あり得ますね、自分でも逃げるかも。やってらんないっすもんね。一緒に」 

「木ノ子、これは事件なんだぜ」 

「どういう事すか」 

興奮したヒサシは、ほぼ何言っているかわからないので、要約するとこうなる。 

現場から、ダーシが居なくなったのが13時。
気付いたのが15時。 

宿に連絡するも、荷物は置きっぱなし。
携帯は、持っていない。 

そもそも、現場が山であり、宿までは車で30分弱。 

つまり、切羽詰まったダーシは、山の中に逃げた事になる。 

ここまでを、説明し直した僕にヒサシは呟く。 

「木ノ子、分析ばっかりしててもつまらないだろ。事件は、現場で起きてるんだよ」 

「はぁ、しかしどうするんですかね」 

「それを、確かめに行こう」 

「今からすか?」 

「明後日行くバカどこにいる?」 


福井県から長野県の山奥まで。
およそ6時間かけて、現場へ向かう事になる。 

僕自身も、心の底にある好奇心がなかったかと言えば嘘になる。心配よりも見てみたい好奇心が勝る。 

自分の冷酷さに改めて気づいた。 

一緒に働いていた若者が行方不明であり、地元の消防団の方々も出動したらしい情報が上がってくる。 

ヒサシがトラックの中で話し掛けてくる。 

「こんだけ迷惑かけてるとなると、やっぱり会社の皆、集まるのが筋ってもんだよな。あとな、熊出るかも知れないってよ」 

「何にせよ。心配ですね」 

「まあな。鹿の角とか落ちてないかな」
 

話が通じない。これがヒサシオブヒサシである。 

僕らが、現場に着いたのは早朝6時くらい。鳥の声が気持ちいい朝を告げて、明るくなりかけていた頃。 

想像よりも、大問題になっている事がすぐにわかった。夜通し探してくれていた消防団の方や村役場の方など疲弊した顔をしていた。 

謝罪して回る社長を見ながら、まだダーシが見つかっていないことがわかる。 

現場の山に入ろうとした時だった。 

ダーシが山から降りてきた。
それは、一晩とは思えない姿。 

木の棒を杖にして、仙人みたいな風貌になって降りてきた。 

見た目にもあまりに疲弊していて、精神的にもキツいと、こんなに一晩で人相変わるのかってくらいだった。 申し訳ないが、少しゾッとした。

これは、迂闊に話し掛けられない。なんて思っていたらヒサシが話し掛ける。 

「ダーシ何してたの。皆の声とか聞こえなかったの?」 

なんて奴だ。直球で勝負した。 

僕は、目を離すのも出来ずダーシの反応を待った。そこにいる誰もが聞きたい事だった。

ダーシは、ゆっくり喋った。 

「声から最初は、逃げていたんですけど、暗くなって周り見えなくて怖くなって座ってて、そしたら、遠くに車のライトが、たまに見えるんですよ。車に向かって聞こえるかも知れないって、口笛吹いてました」 

この言葉を僕は忘れられない。

そしてヒサシは、満足したように僕に話し掛ける。 

「じゃ、木ノ子、福井帰って仕事するぞ」 

なんのはなしですか

15時から福井で仕事したはなし。 

この言葉こそ僕は忘れられない。 

もちろん、僕はコンビ交代を申し出た。

突発的な言動は、時としてドラマを生み出すが世の中には、存在そのものがドラマの男もいるということだ。自覚なしは罪だということ。

木ノ子、ヒサシを騙る

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