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もし吉田知子と呑むならば、その機会と境界線を探りはしたが惨敗だった。

先日、年間読書量ゼロの先輩に言われました。

「君は、日本一の読書家だと思うよ」と。

うっすらと私もそうじゃないかと思っていたので今日から名乗ります。

日本一の読書家言ったもん勝ちの私がこんなことを言うのはお恥ずかしいのですが、どっぷりと本に浸かれず、最近は短編や随筆を読んでいる。何が正しいのか分からないまま、フラフラフフフであります。

四十を越えても自己が定まらず、迷いに溢れている毎日が嫌いではない。ただ、どうしたらキレイな魅力溢れる文章が書けるのか。私にそれが書けるならば、もっと違った形でモテたはずだ。そればかりを考え、考えてそういう文章を書く人を見ては、嫉妬に苦しむ毎日であります。

が、考えた先に真似するとは限らないところが私だ。そう。自分の文章は自分だけのものだ。などと女性に騙りながらお酒を呑みたい。そこに真実は一つもナシ。その後の戯れのみを期待するのが好きだから。

吉田知子の邪道酒という随筆に出会った。 日本の名随筆11「酒」からである。

私は人と酒を飲むのが好きである。
中略
私は上京中は毎夜飲んでいることになり、それを聞いた人は私のことを女酒豪だと思いこむということになる。もちろん、それはそれで結構なことなのである。「生意気」とか「ふてぶてしい」などというのと同様、大いに気にいっている褒めことばであって、私は反省するどころか大変嬉しがっている。

吉田知子「邪道酒」より

名だたる作家が連ねる随筆に、ひときわ興味を引く文体だった。あえて男性的な攻撃性ある文体に自分のエピソードを自虐含めて散りばめている。それでいて可愛さも残り、物事の核心もつく文章は、お酒が好きなのよと語り、書くことが身近にあるの。と、とても伝わってきた。

こういう女性と果たしてどこまでも呑めるだろうか。そういうことを考え始めた私は、おもむろに部屋を無音にし、ウイスキーを飲みながら対峙することに想像を膨らませた。私は現実で女性と呑めない分、妄想酒場はもう20年のベテランだ。やれるはずだ。心を奮い立たせた。

私の飲みは、駆け引きの応酬だ。駆け引きとみせて見透かされている自分が好きだったりする。分かっていることをそっと黙ってウルウルしている視線を投げかける女性にデレデレする。そう。なんて可愛いのだろうかと。少し上目遣いで、距離が知らぬ間に近くなり、脳髄まで届く香りに現実を見失い、ただ少し触らせてくれたりしないかなと考えながら、可愛いなぁ。と心で何十回も叫ぶのだ。

そもそも口説くのに、世の男性の経験談は世の女性に特段響かない。だが欲情に駆られると止まらなくなるのだ。言いたいのだ。ただ。言いたいだけなのだ。それを全く聞いていないのに、ウルウル光線を放つ艶美な仕草にデレデレするのだ。

だが、そんな都合の良いエピソードを妄想こそすれ、体感はない。とても残念です。最近体験談を人に聞かされると、大抵蹴飛ばしたくなります。

で、口説く口説かれるという立ち位置ではないが、吉田知子と呑むことに対して対峙した。

私は人と酒を飲むのが好きである。

これを冒頭に持ってこれる女性に果たして、私は自己を保ち、建設的に呑める自信がない。

それでも待ってはくれない。やるしかないのだ。

吉田知子を知る。まず何を思想に何を考え酒に語るのか。私の嘘にまみれた騙るとはえらい違いだろうがやってみるしかないと。

女性は私に力をくれるのだ。私は、実に久しぶりに小説に手を触れた。

吉田知子の「箱の夫」を手にした。

短編集からなる小説だが、この話の全てがキレキレだった。私は初読みでどういう作家なのか知らなかったが、その物語の創られ方に豪胆さと繊細さ。表現に対して臆さないものが感じられた。おそらく挑戦的なテーマを選んだように思われる。

私が浮かんだのは、「境界線」だった。

すべての物語に結末を語っていない。生と死すら曖昧な世界観はその表現において戦っている。

この終わり方で良いのか。突き詰められるものに逃げられない読後感だ。こういう物語を書くのは怖くないのだろうか。委ねられたこちらが怖くなる。境界線が存在しない物語の描き方と文体に引き込まれる。物語が飛び抜けて現実的な分、余計にその特異さが際立つ。

こんな簡単に行ったり来たり跨ぐの?

自分の立ち位置までもが不安になる物語の連続は、読む手が止まらなかった。

私は簡単な男だなぁ。と感じながら余韻の中で呑むことへの答えを見つけようとした。

人の深さは計れないが、自分の浅さはわかる。それを突き付けられる結果になるだろうなぁ。

面白い人間になりたい。

妄想でもいつも全敗だ。

最近の男たちは一般に力もなさそうで気の毒だから、いつも定量の半分で切りあげることにしている。どうせそのうち皆ばたばたと礼儀正しく帰ってしまうのだし。ひとりぐらい、とことんまでつきあってくれる飲み友達がいてもいいだろう、などという甘ったれたことは言うまい、と思っている。

吉田知子「邪道酒」より

なんのはなしですか

現在89歳。時間という境界線を越えて、語れるのが文章だと思っています。良い時間をありがとうございました。

本と女性が好き。








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