「憧れの人」になった自分は、必死にあと19年を確保した冬の日
それは、昨年の年末だった。
「年明けたら、どこかでお会い出来たら嬉しいなぁ…なんて思ってます」
とのメッセージだった。
非常に丁寧な文面をいただいたが、この2行だけしか目に入って来ず、他をいくら読もうとしても読めなかったのは残念でならない。
私は動悸を静め、深呼吸しながら念のため5回ほど読み直したが、間違いなく誘われている事を認識した。私の人生経験で同じ女性に二度誘われるなんていうのは、ほとんど無いのだ。
大体、一発屋を自負している。そう。一回会えば充分男子代表選手を長くしている。
彼女は、私に憧れを持っているという。
その事実は、私にとってとても大事な事だった。
私は、彼女と同じ年代の頃に今の私の年代の人と出会い、今なおその人達に憧れを抱いて生きている。
自分も同じ年代になったら、憧れの対象になるような人間になろうと必死に追いかけて生きてきた。
だから、直接言われた嬉しさは自分の人生に一つ意味をくれたと思っている。
約半年振りに会う約束をした私は上京することにした。前回も考えたが、私は私であることしか出来ない。取り繕う事だけはやめて、本音でしっかり話す。嘘は言わない。それを再度考えながら電車に乗った。
年齢にすると約20歳離れている。
新橋で待ち合わせした私達は、流行りのパパ活風な2人で何の違和感もなく東京に溶け込めた。
とりあえず食事をしようとニュー新橋ビルに入った。新橋特有の雑居感が好きな私は普通に2Fに進んだが、そこは艶かしいお店が立ち並び、キレイなお姉さんが際どい衣装でお迎えしてくれるお店ばかりだった。
「こういうお店ばっかり昔は行ってたんですよね?」
彼女は、私に尋ねた。
「今もお世話になってます」
と、危うく口に出すのを躊躇い、
「昔ね」
と、早速誓いを破り嘘をついた自分を恥じた。
というよりも私は、彼女の誘導尋問に引っ掛かりそうになった事に彼女の成長を感じた。
「こういうお店ばっかり昔は行ってたんですよね?」
この聞き方は、現在と過去を両方暴き出す表現でしかない。しかも何故だか、行ってないという選択肢は弾かれているのだ。
今日は、侮れない。だけど絶対楽しいわ。と私はパパとしての覚悟をしてお店に入った。
乾杯をして、彼女の表情を久しぶりに見た。それは一目で分かるほど豊かな空気と、眼の奥からくる一直線なまなざしだった。
おお。いい顔になってる。
ほんとに第一印象がそれだった。
彼女は、この期間にやりたいことを形にして進み始めていた。私にとってそれは、彼女の有言実行を意味するし彼女のそこに至るまでの努力が実を結んだ事を意味している。
踏み出してから理解することと、踏み出さないで想像することとは違う。
彼女の実感から出てくる言葉の一つ一つが、とても躍っていた。
その過程を知るのはこんなに楽しい事なのかと思えた。彼女は私に伝えるということで一つ終えるということならば、私は伝えられたことでまた一つ始めなければならないと素直に思えた。
話は多岐に渡る。
読書や日常。私も彼女に伝えることでまた自分を知るきっかけになる。
2店目でも話しは尽きることなく進む。彼女は、同年代の凄いと思う人達と比較するという。SNSが身近にあるのが当然の彼女達の世代は、ダイレクトに「今自分がどの位置にいる」という比較社会にいる。
それはそれで表裏一体の世界だ。
短文や写真のみで裏までは探れない。
どこを大事にするかの軸を持っていないとすぐに揺さぶられる。
「SNSは、のめり込みやすい分見失いがちになる。一つ参加すれば一つのコミュニティが出来上がる。意図しようがしまいが、たまたま居合わせた同時期の人のみ入りやすい空気が勝手に出来上がる。その出来上がったものに後から参加するのは、当然難しいし批判の対象になりやすい。だから主役と思う必要はない。サイクルで簡単に人など入れ替わる。俯瞰してればいい。それより大事なのは、この半年の一歩一歩の方だ。SNSの数字や他人の反応で自分を判断する事は最もつまらない。少なくとも今日会って、こうやって会いたい人を見つけられた1という数字の方が重い。何に価値を見い出すかは、他人との比較で出すものではないと思う」
と、私の持論をカッコよくプレゼントしたが、今日一番の台詞を出せた満足感と裏腹に、私の実態が露になってきて、彼女が半年頑張ってた時に自分は、Twitterで推しのトラック女子と女子高生ラッパーの動画と気になる女子とのLINEしか見てなかった事が頭をよぎり、良い人ぶった罪悪感に苛まれ、その事実を報告し謝罪した。
「また半年後会ってくれますか?」
「毎日でもいいんだけど」
と、危うく答えそうになった誘導尋問に、私の還暦まで続けようと残り19年を必死に確保した。その間に主導権は私から移ってしまうだろうと認識した冬。
なんのはなしですか
「そういえば、村上筋肉倶楽部の部長さんの人気は女子から断トツです」
去り際のその一言は、どうも許せそうもない。
連載コラム「木ノ子のこの子」vol.21
著コニシ 木ノ子(憧れの連覇)
自分に何が書けるか、何を求めているか、探している途中ですが、サポートいただいたお気持ちは、忘れずに活かしたいと思っています。