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小説的なもの

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記事一覧

[小説]人肉食が当たり前のどこかの世界

[小説]人肉食が当たり前のどこかの世界

「あのー、すいません、アカチの漬物ってまだあります?」

がやがやとした店内で背筋を伸ばして店員に声をかけると、白くてなまめかしい首をぐりんと回して、つやっとした黄色の猫目が振り返った。

「ごめんなさい、もう今日は無いんですよ」

申し訳なさそうに3つ目の腕をうねうねさせて、店員が謝る。あらら、と私は残念な心持ちで席に向き直ると、友人に「アカチって何なの?」と聞かれた。

「知らない?人間の幼児

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[小説]問題のないお付き合い Part.2

[小説]問題のないお付き合い Part.2

*Part.1*

「ほんっっとに男ってバカ!!」

どすどすと激しい足音に続いて、ばん!とリビングへ通じる扉が開けられた。それと同時に、怒鳴る彼女の声が響いて私は身構えた。
ソファに寝そべりながらスマホをいじっているが、頭の中身はフル回転していて、次に彼女が何を言うか身構えている。

平静さを装うように、できるだけ自然な声で、「何かあったのー?」と間伸びさせて聞いた。火に油を注ぐことのないように

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[小説]あなたの裏アカ、買い取ります。

[小説]あなたの裏アカ、買い取ります。

「裏アカ買い取り屋さんにフォローされました」

Twitterの毒吐き用のアカウントに、珍しく新規のフォロワーが増えていた。「裏アカ買い取り屋」なんて怪しい名前もそこそこに、フォロワー数は驚きの5ケタだ。
新手のスパムかもしれないが、好奇心から相手のプロフィールを覗いてみると、bioに記載されている一文が目に留まった。

「あなたの裏アカ、買い取ります。査定はリプライかDMにて。」

「裏アカ買い

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[小説]僕らは皆、生きていく

[小説]僕らは皆、生きていく

◯PART-S 彼女の場合

はっ、はっ、はっ。
夜、暗闇の中眠れなくなる。布団を頭までかぶり、震えてうずくまる。フラッシュバック。お前なんかいらない。いらない。怒号のような声が頭の中を飛び交う。
指先まで冷え切った手でスマホを掴んだ。
12月18日、火曜日、2:33。

浩輔とセンパイのグループLINEを開く。一番最後の投稿は、日曜に3人で行ったラーメン屋の写真。少し心が弛緩する。
ためらいな

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[小説]私を見て、私を見て、私を見て。

[小説]私を見て、私を見て、私を見て。

また同じクラスの伊東が夢に出てくる。
そこは閉じ込められたエレベーターの一室のようで、私と、伊東と、伊東のツレの渡邊がいる。

寝坊でもしたのか、何か焦っていたのか、どういう設定かはわからないが、私は下着とキャミソールしか着けていない。
こんな姿でみっともない、という恥ずかしさと、同級生の中では身長も振る舞いも頭一つ抜けている伊東がこの場にいることに、浮き足立つ気持ちが同居する。

顔が小さく、手

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[小説]問題のないお付き合い

[小説]問題のないお付き合い

手を繋ぐと、彼の左手の薬指に、ふと硬い感触がある。
彼の体に馴染んでいる"それ"は、そこが自分の場所だと疑わずに鎮座しているので、私も"それ"は彼の体の一部だと思っている。

事実、"それ"は彼の体と同じように、暖かく、頼もしい。
他の女が彼につけた、「正解」の印。

視線をもどし、彼の筋張った腕、少し筋肉のついた肩、鎖骨…と下からなめていく。
首筋の筋肉ー直線ーと、首の緩やかなカーブー曲線ー

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[小説]それぞれのかたち-TYPE A

[小説]それぞれのかたち-TYPE A

私の彼氏は恋愛体質だ。

彼-洸(こう)-が恋に落ちると、すぐにわかる。

1.「ワー」とか「やったー」とか、急にうるさくなる
2.服装の雰囲気が少し変わる
3.新しい趣味が増える
4.会話の中に、好きな人の名前が頻出する

…等々。

いま好きな人は、どうやら「SNSの相互フォロワーの、"いちじく"さん」らしい。
洸はスマホを手放さなくなり、「いちじくさんから返事きた!」「いちじ

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[小説]色情、浮ついた心、あるいは愛。

[小説]色情、浮ついた心、あるいは愛。

左にスワイプして、NOPE、NOPE、NOPE、NOPE…。
男たちのたくさんの顔写真と短いプロフィール文章を見て、その作業を繰り返す。
どれもこれもピンとこない。彼らの精一杯に"盛った"写真も、文章も、見飽きてしまった。
もう、マッチングアプリなんてやめてしまおうか。
だけど止めたら、私はどこで男を探せば良いのかーーと、憂鬱になりかけたところで、スワイプする手を止めた。

「32歳、会社員、

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