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文化は、誰のもの?#2 │ 文化盗用(cultural appropriation)について

 前記事では、日本における文化盗用とファッションについて触れてきた。

 今回の記事では黒人音楽における文化盗用、そして実際的に文化盗用を防ぐための手立てについて考えていきたい。

もう一度、文化盗用についておさらいしておく。

文化の盗用(ぶんかのとうよう 英: Cultural appropriation)とは、ある文化圏の要素を他の文化圏の者が流用する行為である。 少数民族など社会的少数者の文化に対して行った場合、論争の的になりやすい。 流用の対象となる文化的要素としては宗教および文化の伝統、ファッション、シンボル、言語、音楽が含まれる。              (wikipediaより引用)

 こうした考え方は、前記事の事例にも述べたように、ときに過剰に非難されがちである。では、ここからは文化盗用の発端とも言える黒人音楽の歴史について見ていこう。

(※ 表紙画像は、英ロックバンドcoldplayの曲「 Hymn For the Weekend」 に参加したBeyoncéの写真である。彼女がインド人の女性のような衣装を着ていることと、両者ともインドとはルーツ的はまるで関係ないのにエキゾチックに利用していることに対し文化の盗用と一部非難された。)

音楽における文化盗用の歴史:
ジャズとロック、エミネムとブルーノマーズ

 文化盗用というものに、なぜここまで過敏になるのか?それは、(先にネイティブアメリカンの事例に少し触れたように)特にアメリカにおいて、これまで文化を文字通り”盗用”してきた歴史があるからである。黒人の作ってきた音楽は白人に(悪い言い方をすれば)盗まれ、発展することを繰り返してきた。その代表格がジャズとロックである。

 19世紀後半,アメリカの黒人たちは,奴隷身分から解放はされたものの,その後の人種差別や黒人排斥の風潮の強い社会の中で、苦しい生活を強いられていた。(黒人差別の歴史については、こちらのnoteで詳しく触れています)

 そういった中,彼らは,アフリカの精神性を持った教会音楽であるゴスペルや,即興的なメロディのブルースを発展させていった。強い人種性や民族性を残すこれらの音楽は,やがて白人音楽の影響を受けて洗練していき,1900年頃に,アメリカ南部のニューオリンズでジャズとして発達し,1920年代には,ポピュラー音楽の主流となった。

 1950年代中期,この白人のカントリー音楽とリズムアンドブルースが相互に影響しあって,強力なリズムを持つダンス音楽,ロック=アンド=ロールが生まれた。黒人が産み出したロック白人であるエルヴィス・プレスリーによって広まり、彼はロックの王様と呼ばれた。エルヴィス・プレスリーの名前を知っていても、ロックの創始者たる黒人のチャック・ベリーの名前を知らない、という人は多いのではないだろうか。

 ヒップホップにおいても同様のことが起こっている。黒人が生んだ音楽において最大のアーティストとなったのは、白人ラッパーのエミネムであるとも言える。彼はインタビューでこのように語っている。

ほぼ、あらゆる音楽が黒人によって作られたが、その事実がないがしろにされるフラストレーションも理解できる。Chuck Berryとか、Rosetta Tharpeとかがいた。それでElvisが現れたら「こんなもの初めて見た!」って感じで反応するけど、本当はもう見たことがある。そのレベルまで到達した白人を見たことがなかっただけだ。白人である彼が最も音源を売った人物となり、キング・オブ・ロックンロールと呼ばれるようになった。 (全文こちら

 白人は黒人の音楽を盗み、名声を不当に得てきた。単純化すればそうかもしれない。しかし、そう単純に割り切れるものだろうか。
 黒人が音楽に多大な影響を与えたように、黒人もまた白人文化から影響を受けてきた。ここにもまた文化盗用の複雑さがある。文化は一方通行の矢印ではなく、まるで蔦が絡み合うように、互いに影響を及ぼしあっているのだ。

”ジャズに関して言えば、白人が貢献したヨーロッパ的な美しい和音、コール・ポーターやリチャード・ロジャースの書いたアメリカン・ソングブックのスタンダード曲がある。この音楽は、同様に黒人によるブルースなどの音楽的要素から深く影響を受けてきた。(下記事より引用)”

 また、文化だけでなく、人種の混じり合いに関しても、今に始まったことではない。黒人の血が一滴でも入っていれば黒人だと見なされるという法的な人種分類の原則のことを「ワンドロップ・ルール」と言い、ジム・クロウ法の時代に用いられていた概念である。つまり、逆説的に、今日黒人と呼ばれる人々には白人の血も同じように流れているということを示している。

 たとえば混血の人は、いったいどの文化を利用すればいいのだろうか?しばらく前に、ブルーノ・マーズが「文化の盗用」を行っているという意見が話題になったこともある。ある黒人女性活動家がSNSで、マーズは黒人じゃないのに黒人の文化を真似ているとして非難したのだ。

 実のところ、彼の人種を一言で表すことは難しい。彼はプエルトリコ人と東欧系ユダヤ人(ハンガリー・ウクライナ)のハーフである父親とフィリピン人の母親との間にハワイで生まれた。では、ブルーノはいったいどこの国の音楽を演奏すれば、”許される”のだろうか?

 他の人種の文化を盗んではいけない、ということを突き詰めていくと、血統を重視する考えに行き着く。その文化にルーツを持つものしか文化を安易に利用してはいけない、というのはあまりに窮屈ではないだろうか。 そうしたふうに定義すると、文化はかなり狭い範囲でしか発展しなくなってしまうだろう。

私たちが意図せぬ文化盗用をしないために

 黒人は黒人の文化を、白人は白人の文化を、日本人は日本人の文化を使う。そのようにすれば、たしかに誰にも非難されない。しかし、文化はそこまで固定化できるものなのだろうか。文化はいつも、盗み、盗まれることの繰り返しで発展してきた。ゴッホが浮世絵をモチーフに芸術作品を生み出したことも、果たして文化盗用なのだろうか。他の文化を取り入れて発展してきた文化は、ときに素晴らしい芸術作品や傑作を生み出すこともあり、一概に悪とは言えない。

 様々な文化や人種が入り乱れるこの世界において、文化の在り処というのは、もはや単純に区分できないほど流動的で捉えどころのないものになっている。加えて、インターネットやSNSで 容易に他の文化を取り入れることができる以上、もはや何をルーツとしているか、ということは非常に措定しづらい。遠く離れたアフリカの土地で生まれた音楽を聴き、海を越えたベトナムで織られた服を着て、イギリスのブランドの載ったファッション雑誌を読んで、そうした文化の混じり合いの中で私たちは当たり前に生きている。

 文化盗用の概念とその複雑さについてはこれまで触れてきた。他の文化の安易な盗用をしてはいけないのは理解出来る。しかし同時に他文化に触れずに生きていくことが不可能であることも、私たちは実感として知っているはずだ。

 では果たして、私たちが「文化の盗用」を犯すことを防ぐためには、何が必要なのだろうか? 自分自身が搾取する側/される側という構造に組み込まれてしまわない為には、どうすればいいのだろうか?

 一つは、他文化への正しい知識を得ることだ。文化の表層だけ掬いとって自分勝手に解釈することは、その文化を貶めるだけでなく、間違ったイメージを世間に広めることにもなる。その文化の歴史やルーツに無知なものは、そもそも安易に表現に用いてはいけない。なぜなら、曖昧な理解のもとに生み出されるものは、ときにステレオタイプや偏見を補強する装置となりうるからだ。その文化がどこから生まれ、何を元にして今の表現に至ったのか、ということは最低限知っておかなくてはならない。

 もう一つは、自分が用いる文化への「尊重」と「敬意」である。それを示すためには、自分が何から影響を受けたのか、ということをきちんと表明することも必要である。これは特にものを作る人やクリエイティブな職に就いている人なら肝に銘じておかなくてはならないことだ。ただ口で「リスペクトしている」と言い訳するのとは違う。
 文化を流用(appropriation)するのではなくその文化を正しく理解し感謝(appreciation)し、その真価を認めること。綺麗事かもしれないが、こうした心がけは、今の世の中で必要不可欠な価値観になってきている。

 そして、そうしたことに気をつけていても、時には他人に非難されたり、知らず知らずのうちに自分が搾取の構造を生み出すこともある。自分がいる文化圏と、用いる文化圏との間に何らかの上下関係が生まれてしまう場合には特に注意が必要である。
 その際にはなにがいけなかったのかを自省し、ときには自分のした言動や表現を潔く撤回することも大切である。異なる文化圏で生まれたものを、まるで自分自身が元々持っていたかのように我が物顔で利用し振舞うことは、元の文化を毀損することにもつながる。

 そして、矛盾するようであるが、文化盗用にあまりに過敏になりすぎてしまうこともよくない。誰かが他の文化を用いているからといって脊髄反射で批判することは、文化の発展を著しく狭めてしまうことになる。ただその表層をとらえて過度に反応すると、せっかくの良い作品や文化を潰してしまう恐れがあるからだ。

 文化盗用は、とてもその線引きが曖昧で、こうだからこう、という明確なマニュアルがあるわけではない。だからこそ、都度その妥当性を確認していくことが必要である。その手順は面倒ではあるが、異なる人種と文化を持った他人と共存していく上では、簡単に放棄してはならないことであろう。

*他の参考記事、動画 一覧↓
 これらの記事以外にも、文化盗用については色々な媒体で取り上げられているので、気になった方はご一読をお勧めします

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